透明なサクラの恋(7)


「おかえり、透子」
「あ、涼太ごめん、今ごはん作るから」
「いいよ、俺、今日作った」
「え、ホントに? 」
「うん。透子の好きななすカレー」
家に着くと、弟が顔を出した。
スポーツ推薦で大学に入った彼は、毎日遅く帰ってくるのだが、何故か今日はエプロン姿で出迎えてくれた。
「どうしたの、どういう風の吹き回し? 」
「ん、たまには俺も作らないと。いつも透子に作ってもらってばっかりなのも良くないし」
「え、いいのに」
そんな感謝されるほどのことでもないし、とニュアンスをこめて言ってみたけど、弟はいいからいいから、と、キッチンに引っ込んだ。そしてカレーを山盛りにした皿を二枚持って戻ってくると、
「ちょうど今、できたとこだったんだよ」
と言ってテーブルの上に置いてまたキッチンに戻り、今度はスープ皿を持って戻ってきた。
「で、これスープ。今日はちょっと頑張った」
「ね、すごいね」
「ほら、早く食えば」
「いただきます」
私が褒めている間にさっさと食べ始めた弟に促されてカレーを口に運ぶ。すると。
「うわ、辛! 辛いよ涼太! 」
「オレ辛いの好きだもん」
「辛いー」
あまりにも辛すぎて、涙が出てきた。
涙が出てきたら、ほかの涙もいっしょになって止まらなくなった。
「泣いちゃえ透子ー」
「違うよ、カラいから!」
涙をボロボロ流しながら、ムキになってカレーを口に運ぶ。誰かの前で泣いたのなんて久し振りで、とにかくムキになった。
「透子、あんまり色々、ガマンすんなよ」
「えー? 」
辛いのにムキになっていることを言われたのだと思ったら、
「透子のいいところは凛としてるとこだけどさ。色々気にし過ぎだって。もっとやりたいよーにやったほうがいいって」
と、弟はこともなげに言った。
一瞬辛さを忘れてその顔を見つめてしまったら、「これって辛いのおさまるんだっけ」と、照れたように首をかしげながらコップを手渡して、彼は笑った。
辛いのがおさまるのはラッシーじゃないのかな? と思いつつも、これも乳製品だし、と思ってその中にはいったカルピスを飲んでみると、少し辛さが和らいだ気がした。
「どう? 」
「うん」
「よし」
答えた私に、満足気に頷く弟。
いい男になったなぁ。
「ごちそうさまでした」
「おう。まぁ、力抜いて頑張れ、透子」
ぴっと親指を立てる弟に同じように親指を立てて答え、リビングを出る。
辛いものを食べて涙を流して、頭の中が空っぽになったのがわかる。本当に、力が抜けた。
その勢いで携帯を取り出し、電話をかける。
呼び出し中の電子音の後、呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
四回目の途中で、ぷつ、と、通話モードに切り替わる。
『はい』
電話越しに耳に響く声に、今、時間が止まればいい、とか、思ったりする。
『あれ、サクラさん、だよね? 』
「はい、サクラです」
『だよね、喋らないんだもん、名を語ったいたずらかと思った』
「考えすぎですよ」
私が笑うと、麻生さんは『そうだよねえ』と、耳元で笑った。
電話はいろんな意味で、ダイレクトだ。
『で、どうしたの? 』
「うん、ちょっとききたいんですけど」
『何? 』
「明日も学校、来ます? 」
『うん』
「うん、それだけです」
『そうなの? 』
「はい」
『そうですか』
「はい」
『それじゃあ、また明日』
「おやすみなさい」
向こうから切れるのを待って、電話をたたむ。
また、明日。
ただの挨拶でも、そう言ってくれたから。

明日、決行しようと決めた。


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