透明なサクラの恋(6)


気付いたら部室の前だった。
だれにも会いたくない気分なんだからさっさと家に帰ってご飯でも作ればいいのに。
気付いたら、鍵のかかっていない部室のドアを勢いよく開けていた。
奥のソファーに予想していた通りの男が座っているのを見つけて、自分の最低さに腹が立つ。

何を考えてるんだ私は。

そう思いながらも立ち去ることができず、電気もつけず、冷えてきたのに窓も開けっ放しで寝こけている彼を見つめた。
やっぱり最低だ。
帰ろう。
と、ようやく踵を返したところで背後から声がした。
「あれ、トーコさん? 何してんすか」
ここで変な動作を取らずに帰ってしまえばいい、ちょっと忘れ物、とでも言えばいい。
と、自分に言い聞かせて振り向いたのに、出てきたことばは
「ココア買って来て。あったかいやつ」
なんてどうしようもなく最低なものだった。
「なに起き抜けの後輩パシってんすか」
「あんたもなんか買っていいから」
そう言って五百円玉を渡すと彼は、
「へいへい、わかりましたよ姫ー」
と、おどけながら出て行った。
と思ったら一度戻ってきて、「あ、座っててくださいね」と、電気をつけて再び走り去った。
途端に明るくなった視界に、頭の中がくらくらする。
最低なことをしている自覚はあった。
でもどうすることもできない。
寒い。
息が、うまくできない。
よろよろしながらなんとかソファーに辿り着き、倒れるように座り込むと同時に、彼は走って戻ってきた。
「はい、ココア。おまちどーさまー」
「走らなくてよかったのに」
彼は「いやいや先輩をお待たせするわけには」と笑い、そして私を見て固まった。
「なに、どうしたの」
どこかにゴミでもついていただろうか、と、思って立ち上がった瞬間、目の前が真っ暗になった。

どうやら抱きしめられたらしいということに気付くまで数十秒。
まったく無抵抗な私に気付いて彼が腕を緩めるまでにさらに数十秒。
私の目の前はずっと真っ暗だった。

最低だ。

そう思って、彼の腕の中から逃れたのは数分後。
目の前が明るくなっても、心の中が真っ暗だった。
「なんで」
「え? 」
「最低でしょ、私」
「トーコさん? 」
「おまえみたいな最低女、誰も好きになんねーよ、ってめちゃめちゃに罵ればいいじゃん。なんで? だって最低でしょ。最低だよ」
「残念ながら、俺はそれでも好きなんすよ」
「だから! 」
「でもオレじゃダメなんでしょ、だから来たんでしょ、だからここに来たんでしょ」
そう言って彼はぽん、と私の頭をたたいた。
「確かにサイテーかも。でもしょーがないよ。そんな泣き喚いちゃうくらいスキなんでしょ」
そしてポケットからデジタルカメラを取り出してシャッターを切った。
「不器用極まりないよトーコさん。他の男の前でこんな顔してる暇があったらとっとと言っちゃえばいいでしょ」
差し出されたカメラのモニターには。
情けない顔の私が映っていた。
「オレに最低なことした自覚があるなら頑張ってください」
そう言って彼は荷物を持って出て行った。

彼が買ってきてくれたココアは、まだちょっとだけあたたかくて、とても甘かった。
最低なことをしている自覚ははじめからあった。
なのに彼を傷つけたのだから。

きっと私は、頑張らなくてはいけないのだろう。


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