透明なサクラの恋(5)


放課後の研究室。
電気をつけるでもなくパソコンデスクに座ってボーっとする。
研究室に入ってからと言うもの、私はこの部屋に入り浸っているような気がする。
多分、いつも大体ここにいた、院生の麻生さんのおかげだったんだろうけど、なんとなく、居心地が良くて。
気付けば毎日のように通っている。
麻生さんも就職活動をしていて最近は前ほどここには来ていないようだから、今ではすっかり大学内の私室のようになってしまっている。

今日も、まったくの一人だった。

はずなのに、ふと気付くと、
「おはよう、サクラさん」
という声がした。
「今日は確実に眠ってたね」
「信じられない…」
どうやら眠ってしまったらしいことを、彼の言葉から知る。
いつの間に眠ってしまったのか覚えていないなんて稀な出来事だったのでしばらくあっけにとられていると、麻生さんはくすくす笑って「子供みたいでかわいいなぁ」と言った。

そのことばに、私の意識がすっ、と冷めていく音がきこえた、気がした。

「麻生さん、心にもないことは言わない方がいいですよ」
「え? 」
「なんでもないです」
「…ホントに? 」
明らかに不審な言動の私を覗き込んでくる彼にあいまいに頷くと、「ならいいけど」と許してくれた。

そこで静寂が、突然降ってくる。

麻生さんは何を言うでもなく、私に背を向けている。
私はここにいないほうがいいのだろうか?
そりゃあ、いないほうがいいだろうな。
と思いながらも、何故か動く気になれなかった。
どうせ彼は私の存在なんか忘れてるだろうし。
悲しいけれどそれはきっと事実だから。
私なんか、いたっていなくたって。

そう思ったら、麻生さんが振り向いてこっちを見た。
「サクラさんも飲む? コーヒー」
「え? 」
「コーヒー」
「あ、いただきます」
「どうしたの今日。何か悩みごと? 」
「麻生さんには言えません」
素で答えてしまったら、笑われた。
そこは笑うところじゃないでしょ。
カワイクない女だなって、思うところでしょ。
そう思ったのに、彼が笑っているのを見たら、なんだかどうでもよくなった。
でも渡された、彼の淹れてくれたコーヒーはすごく苦くて。
苦くて。
「麻生さん」
とてもとても。
「何? 」
「ララ、好きな子がいるんですよ」
苦くて。
「うん、今日気付いた」
「それで? 」
「そう。言うだけは言いたい、とか、思っちゃって」
本当に苦くて。
「すごいですね。私は言えない」
「そんなことないよ。気付いたら言ってただけ」
私はうまく、笑えなかった。
それでもなんとか、その苦いものを飲み干して帰りますと立ち上がると、
「サクラさんだったら言えるんじゃない? 」
と、彼は言った。
「麻生さん」
「ん? 」
「苦いですよ」
ああオレ、コーヒー淹れるの苦手なんだゴメン、と言った彼を振り返らず、研究室を出る。

どうしてこんなに、苦い。


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