透明なサクラの恋(4)


午前中の授業を終えて、軽くサークルに顔を出す。
今日は週一のミーティングの日だけど、きっと来ても数人だろうな、と思いながら鍵を開けて部室の中に入る。
中は全体が暗室みたいにほの暗く、部屋中に張り巡らされたロープのあちこちにいろんな写真がぶら下がっている。
「あれー、トーコさん、久し振りッスね」
そういえば最近写真撮ってないなぁ、と思いながら誰もいないそこでお弁当を食べていたら、変な帽子をかぶった後輩がひょいと顔を出した。
「あたしはほぼ毎週来てるよ、あんたが来てないだけでしょ」
すると後輩は、あははー、ばれましたー? だって別に写真撮るのとか自分ひとり作業じゃないッスかー。と、こともなげに言いながら、ひもにぶら下がった写真を一枚ばしんと取って私の前に置き、唐突にこう言った。
「トーコさん、恋してるでしょ」
「え」
「いやー、普段の姿見てても全然わかんなかったのに。写真現像してみて驚きましたよー」
そう言ってとんとん、と私の前に置いた写真を指差した。
「ちょ、肖像権のシンガイだよ」
それは部室の窓際で本を読んでいる私の写真だった。
「しかも逆光だし」
「いや、最近逆光凝ってるんスよ」
それにトーコさんは魅力的な被写体ですからねー、と言いつつ、パンの袋をのんきに開けている。
「何が魅力的だか」
「あのね、男でトーコさんに魅力感じない奴なんかいないっスよ」
「いるよ」
「じゃそういう珍しい奴に恋しちゃったんだ? 」
プロの写真家を目指しているという彼はとても鋭い。
普段はそうでもないけど、写真に気持ちを切り抜くのが、恐ろしいほどうまい。
彼はその力ですごい写真家になるかもしれないし、もしかするとその力のために苦労する羽目になるかもしれない。
「ね、そうなの? 」
「だったらなんだっていうわけ」
「うーん、残念? 」
「は? 」
メロンパンにかじりつきながら、後輩であるところの彼は言った。
そのことばに私が固まってしまったところへ、へらへらした女の子たち数人が入ってきた。彼女たちはこの変な帽子の男に興味を持って最近入部してきたらしい。
私の存在は全く無視で、彼にまとわり付いている彼女たちの、個性的に見せかけた服装とか、全く同じに見える笑顔とかを見ていたら何故か気持ち悪くなってきたので、もうお弁当も食べ終わったし、誰も来なさそうだし、と思ってその場から退散することにした。
荷物をまとめて出て行こうとすると、
「あ、トーコさん」
と、呼び止められる。
「この写真あげますよ。がーんばってくださーい」
そう言って後輩の男はにやりと笑い、またメロンパンにかじりついた。

彼も女の子たちには興味がないみたいだった。

***


部室から出て教室へ行く道すがら、佐崎ララを見つけた。
今日は私がサークルなので、ひとりでお弁当を食べているはずだったが、その隣に。
彼が、いた。
その瞬間に、いつもは曲がらない角を思わず曲がってしまって、そんな自分の行動にびっくりする。

何やってるんだろう。
またくだらないドラマみたいになっている。

とにかく冷静になろう。
そう思って立ち止まる。
どんなに自分のこの性格が嫌だって、今すぐに変えることなんてできないんだから。冷静にならなくちゃ、きっと何も見えなくなってしまう。 落ち着いて、深く息を吸い込んで、吐く。
言われ尽くされたことばだけど、この空気と一緒に、このもやもやした気持ちも出て行ってくれたらいいのに。
そう思いながら、もう一度深呼吸して、曲がってきてしまった角を戻る。
するともうそこには彼の姿はなく。
ぼんやりとララだけが、芝生の上に座っていた。
いつもぼんやりした子だけど、いつもとはどこか違う感じがした。

なんだか嫌な予感がして、ちょっとつついてみると。

彼女は、「どうやら麻生さんに告白されたらしい」と、他人事のように言った。


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