透明なサクラの恋(3)


「とーこー。久し振りー」
朝。
ホームで電車を待っていると、背後から声がした。
振り向いてみると、立っていたのは昔彼氏だった男だった。
「あれ、康介? なんでこんなとこにいんの? 」
「オレ、最近そっちの方で働いてんだよ」
「ふーん」
「うわ興味なさそうー」
そう言って彼は昔と全く変わらない、明るい顔で笑った。
五つも年上のくせに子供のように笑うところが好きで、その笑顔が変わっていないことがとても嬉しかったけど。
別れたころのことを考えると、まだ胸がもやもやする。

彼と付き合っているとき、彼はいつもやさしかった。
いつもまっすぐにあたたかかった。
私は、それに甘えることが、何故かどうしても、できなかった。
そのやさしさやあたたかさがとても好きだったのに、それに甘えることができなかった。
そのことに狂いそうになっている私に気付いた彼のほうから、別れようと言われたとき。
彼のことがとても好きだったけれど。
彼には私みたいな感情の欠如した女じゃなくて、明るいひまわりみたいなひとがいいと思ったから。

私は表情ひとつ変えずに、「うん」と答えた。

さいごまで、彼のやさしさに甘えられなかった。

「透子」
ぼんやりと、そんなことを思い出していたら。
彼が前を向いたまま言った。
「オレ、結婚するんだ」
「…ケッコン? 」
「うん」
「へー」
そこへ電車がやってきて、私たちの前を風が通り過ぎてゆく。
「明るくてかわいい人だよ。透子の方が、美人だけど」
彼はそう言うと、私の方を振り返って笑った。

ああ、その太陽みたいな笑顔は、もうその人だけのものなんだ。

と思ったら、あの時は何も感じなかったはずだったのに、突然涙が出てきた。

朝の通勤ラッシュの時間帯だっていうのに動けなくなってしまって、通勤する会社員の方々に押されたり踏まれたりして。
気付いたら、また私の前を風が通り過ぎていった。
涙を流す私ひとりの前を。
風が通り過ぎていった。
くだらないドラマみたいだなぁ、と思ったら笑いがこみ上げてきて。
くつくつ笑っていたらふと、康介とは違う男の顔が思い浮かんだ。
康介の太陽みたいな笑い方とは違う、ふわりとした笑顔。
それを思ったら、一度止まったはずの涙がまた流れた。

私はまた、何の抵抗もしないで諦めてしまうのだろうか?


back//next



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送