妙な視線、さっきからずっと感じるんだよなぁ。
と、顔を上げると途端にそらされる。
その出所であるところの顔には見覚えがあった。
確か、我が校一位指名の男の子だ。

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[ 恋愛授業(仮) ]
3.正しい一目惚れの仕方

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一部の音楽に熱心な中学生にしか知られていない話だけど、うちの学校の音楽担当の早瀬先生は大学ではヴァイオリン専攻で、結構有名な賞を幾つも取ったお方である。
ただのにこにこしたおじさんに見えるけど。
というわけで我が校には県内で唯一、管弦楽部がある。
それでうちの学校には音楽にちょっと本気になりたい生徒が集中してやってくるので、専門の推薦枠もある。
そんな我が校の今年の新入生の中に、一年生からコン・マス決定、と前評判も高い男の子が入学するというのは、校内でもちょっとした噂だった。
全国大会常に上位、フランスからの帰国子女。
ヴァイオリン歴は12年。
並んだ経歴に驚いてどんな優等生面なのか拝んでやろうと思ったら、アイドルみたいな顔をしていた。
音楽推薦枠一位指名。彼の入学に、学校中がひそかに浮き足立っていた。
「西村先生、あれですよ! 噂の大下楓君! 生で見るとよりいっそうかわいいですね」
「石野センセ、それじゃアイドル追っかけの女子高生ですよ」
「私、昔やってたんですよ追っかけ。いや懐かしい。燃えますね」
「燃えないでください」
私より3つ年上の英語教師、人妻の石野先生も入学式前から大盛り上がりしていた人のひとりだ。
とにかくこんなテンションの先生やら生徒やらがそこらへんにごろごろしている。
そんなちょっと特別な生徒なのだ、彼は。
が。
(あ、まただ)
自意識過剰と思って何度もやり過ごそうとしたのだが、どうもうまく行かない。
そんなはず無いだろうと思ってそちらを見るときれいに視線を外されるし。
どういうことなのこの事態。

「では次に各クラスの担任の先生を紹介します。先生方、一歩前へどうぞ」
学年主任の紹介で、各クラスの担任の先生が一言づつ挨拶をしていく。
「4組担任、国語科担当の西村ひとみです。主に現代文です。よろしくお願いします」
指示通りに挨拶をして顔を上げると、ようやく目が、合った。
瞬間、全身の血がざわ、と音を立てたような気がした。

:::  :::  :::

「またサボってるし」
空き時間だった2限の時間が終わりに近づいたので3限の授業を行う教室に向かうため中庭の横を通りかかると、職員室の死角になるベンチで、大下楓は安らかな寝息を立てていた。
寒くないのか。12月だけど今。
と、思わず近くに行きかけて、なんとなく躊躇する。
彼が入学してすぐ、私が密かに特等席に使っていたあのベンチは彼の物になってしまった。
まぁ、もうじきまた私のものに、なるんだけど。
そこまで考えたところでふと視線を感じた。
中庭のベンチの上から、彼がこっちを見ていた。
そっちに目をやると、にこにこ笑いながら大きく手を振ってくる。
「大下、寒くないの?」
「うん、寒い!」
「早く中に入りなさい」
「はーい」
答えて彼は、はっくしょい、と大きくくしゃみした。
「あんた自分は推薦でもう大学決まってるからって、風邪なんて引いて他の子達にうつしたらただじゃおかないからね」
「ひー、ごめんなさーい!」
「まったくもう」
「だってここにいると大体会えるからさー」
「なに?」
すると大下はもう一度くしゃみをした。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
「うん。あ、先生」
「何?」
「次の小テストってもうすぐ?」
ほら、またそういう目をする。
「うん」
「オレ、この前言ったこと本気だから」
「はい」
「覚悟しといてよ! …へっくしょん!」
次の授業の教室の方へだだだと走りながら振り向きざまにカッコつけようとしたのにくしゃみして失敗してこけそうになっている姿に思わず吹き出すと、彼は「うわぁカッコ悪!」とか言いながら逃げるようにスピードを上げて去っていった。

覚悟、そろそろ本気で決めないとならないかな。
大下楓。
アンタのことなんて。

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