恋、といって最初に思い浮かぶのは先生です。
僕は先生が好きです。
先生は覚えてないと思うけど、初めて会ったときからずっと。
恋と先生は、俺の頭の中の同じ引出しに入ってる。

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[ 恋愛授業(仮) ]
2.正しい片想いの方法

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「あれ、ダメだよそんな重いの何ひとりで運んでんの」
1年生の授業で配る国語科便覧40冊入りダンボールを抱えて階段を上っている途中で、背後から声がして振り返ると、ふと腕の負荷がなくなった。
「うわっ、重! なにこれ」
「便覧」
「あ、アレかー。なんでアレ、あんなにぶ厚いの?」
「いろんな厚さがある中からあたしが選んだやつけど。なんか文句あんの?」
「うわ、ない、ナイ、ナイデス!」
笑いながら首をぶんぶん。
その腕の中には先ほどまで私が持っていた1年8組用国語科便覧40冊入り段ボール。
「別に持てるよ、いいよ持ってくれなくて」
「えー、いいじゃん、1年の教室?」
「だからいいって。大下、次音楽じゃないの?」
「走れば間に合うよ楽勝。俺足速いし?」
「廊下走るな」
「あらヤダ、なに教師みたいなこと仰って」
「あたしは教師だ。大体、なんで下から出てくるの大下」
「えー。それは聞かないお約束ですよー」
文句を言う私を軽くあしらって、ずんずん進む背中を追いかける。
聞かなくたって知ってるよ。
3時間目、あんたが中庭で昼寝してたの。

擦れ違う女子がちらちらこっちを見ている。
大下楓、解ってる?
この子達みんな、あんたのこと見てるんだけど。

鼻歌を歌いながら踊るように歩いている背中を軽く睨んでやったら、急に振り返った瞳と目が合う。
「そんなに見ないで、ドキドキしちゃう」
「はぁ?」
「なんちゃって。先生、何組?」
「もういいよ、早く音楽室に行きなさい」
「え、ここまで持ってきたんだから教室まで」
「ここまで持ってきてくれただけで十分だから」
そんなに大きい方ではない大下、しかし私よりは上にある、色素の薄いアイスティー色の瞳。
「はーい」
怖いくらいに澄んだその目で、あれだけ視線をよこしておいて。
今更、何殊勝なことを。

覚えてる、って。
大下楓。アンタのことは最初の瞬間から。

「先生?」
「何?」
「ごほうびは?」
「なに、それが目的?」
「それも、目的」
にこにこ笑って段ボールを抱えたまま、大下は少し頭を下げた。
犬か、お前は。と、その仕草のかわいらしさに思わず苦笑しつつ。
染めてもいないのに見事な茶髪の頭をなでる。
「はい、よくできました。アリガト」
「こういうのあるときはいつでも呼んでください、俺駆けつけるし」
便覧40冊入り段ボールは再び私の腕に戻り、大下はポケットに突っ込んでいたらしい筆箱をバトン代わりのようにして駆けてゆき、あっという間に見えなくなった。
「廊下走んなって言ったのに」
バカなやつ。
「先生、先生。手伝いますよ」
段ボールを抱えなおして歩き出すと、背後から数人の1年女子がやってきた。
この便覧の持ち主になる1年8組の生徒たちだ。
ありがとう、と言う間もなく、段ボールは奪い取られた。さっきまで大下先輩が持ってた段ボール、と、若いはしゃぎ方をしている。
「先生はいいなー、大下先輩の担任なんて」
「ねぇ先生、大下先輩って彼女とかいるんですかー?」
「さぁ、片想い中、らしいけど」
「えー! 大下先輩が!?」
「でも片想いならまだチャンスはあるよ!」
「さぁ、それはどうかな。相手もまんざらじゃないみたいよ」
「えー! 先生相手知ってるの」
「誰、誰!?」
「それは秘密」
「ずるいー」

ふと廊下の窓から外を見ると、音楽室の窓から大下が手を振っていた。
それから、間に合ったよってピース。
その姿にくすり、と笑ったところでチャイムが鳴って。
まだ大下の噂話に花を咲かせている1年8組女子を急かして、教室へ向かった。

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