そのちいさなおと(5.1)

日曜日。「遊園地のある駅に9時半集合ね」と音に言われた私は、9時15分ごろ駅に到着した。
私は待ち合わせに遅れるのが嫌いで、いつも15分前くらいに待ち合わせ場所に行く。
待つという行為は嫌いじゃない。
待たせるのは嫌い。
という感じ。

日曜日だし遊園地だしってことで、駅は親子連れや若いカップルなどでけっこう混雑していた。
人ごみはもともとあまり好きではないので、ちょっと嫌だなあ、と思っていると、9時20分ごろ、背後、しかも頭上から声がした。
「あ、やっぱりララだったんだぁ。おはよー。」
何日ぶりかに聞く声。
聞いた瞬間にこみ上げる微妙な感情。
その本質をを自分で悟りたくなくて、あわてて振り返ると。
あのいつもの笑顔のアズサがいた。
「オハヨ」
こういうとき、声って上ずったりするものらしいけど。私の声はいつもとまったく一緒だった。
「ララ、遊園地とか好きなん? 」
「悪い? 」
「ううん? そういうの好きな女の子ってかわいい。」
「あんた、そーやっていつもハーレムの女子をたぶらかしてんの? 」
「えー、たぶらかしてないよー」
なんていうか。
その笑顔がすでに、と思ったんだけど。
言い返そうとしたところで音と飯田君がやって来た。
飯田君は音の彼氏で、入学早々音に一目惚れし、それからアタックにアタックを重ねて今のポジションに辿り着いたすごい男だ。
音以外にはわりと淡白な人なので、どんなアタックをしていたのか、その本当のすごさを知っているのはきっと音だけなのだろう。
でも、遊園地のフリーパスとかを当ててしまうお茶目なところがあるあたりは、さすが10年来のアズサの友達、といったところか。

大好きな大好きな音に彼氏ができたとき、わたしはちょっと複雑な気持ちになったのだけど。
はじめて飯田君に会ったとき、彼ならいいと思った。
わたしの中に絡まった複雑の糸をするりとほどいたほどの男だったから。
彼なら大丈夫だ。そう思った。
そういえば、あの時だったのかな?
アズサにはじめて会ったのも。
「らあちゃん、待った? 」
「ん? そんなに待ってないよ。」
「そう? ならよかった。」
そう言って音ははにかんだようにわらって、ちょっと飯田君のほうを見た。
飯田君はそれを見て嬉しそうに音に笑いかける。そのしぐさは彼のゾッコンっぷりをうかがわせるに充分だった。
まあ、音はいい子だから当然だけど。
「トモさあ、なんで家族用フリーパス? 」
そういえばすっかり存在を忘れていたアズサがおかしくて仕方ないみたいに飯田君に問い掛けた。すると飯田君、
「ん? なんかスーパーで米買ったら、レジのおばさんが今キャンペーン中なんですよ、応募してくださいね、って、有無を言わさずボールペン渡してきて。しょうがないからおとなしく書いて出したら当たった。」
淡々と答える飯田君はほんとに憎めない人で、音を選んだのが彼でよかったと思った。
「まぁとにかく、デートのお邪魔はいたしませんからご心配なく。ね、ララ。」
うっとりと物思いにふけっていた私に急に話が振られてびっくりしてアズサを仰ぎ見ると、彼はもう一度
「ねー。」
と言って笑った。
だからその笑顔で一体何人の女子を、と思ったけど、もう何も言うまい。

だって天気もよくて。
日曜日で。
遊園地で。
音がしあわせそうで。
アズサがいるんだから。


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