そのちいさなおと(3)

まるで恋する乙女のノリでアズサのことを考えていたら、携帯電話が鳴っていることに気付かなかった。
いつも聞くことのないフレーズまで進んでしまっていたが、私のかわいいかわいい幼なじみの音限定の着メロだ。
あわてて通話ボタンを押すと、受話器から大好きな声が聞こえた。
「らあちゃん? もしもし? 」
私のことを"らあちゃん"と呼ぶ音は、知り合ったときからずっと、私のいちばん好きな人だ。恋とかじゃなくもっと深いところで、いちばんすきなひとだ。
彼女みたいに好きになれる"人間"を、この先見つけられると思ってなかったけど。
「もしもし? らあちゃん? 」
あまりにもぼーっとしていたため返事を全くしていなかった私に、彼女はもう一度声をかける。
「ごめん。なに? 」
ようやく出された私の声を聴くと、音はふっと、
「あれ、どうかしたの? 」
と言った。
難解極まりない性格の私を声だけで理解してしまう彼女の声は、今日もやさしい音になって私の中を溶かしてゆく。私の大好きな大好きなやさしい音。
私の中に響いてくるのは、この子の音だけだったのに。
「うん、どうかしたみたい。」
「どうしたの? 聞いてもいい? 」
「うん・・・。あ、」
「あ、まだいいよ。ダメでしょ。まだ。」
電話だっていうのにわたしの表情まで見ているんじゃないかっていうくらい、音はいつもわたしのことをわかってくれる。
「うん、そうみたいだ」
正直に白状するわたしに、音はふふ、と笑った。
「どうしたの、音? 」
「うん、最近学校で会わないから、どうしたのかなって。」
「うん、今ほとんど行ってないから、学校」
「あ、そうなの? 大変だね。」

ことり。

そうそう。
ちょうどこんな感じで。
私の中に音を響かせるのは、この子だけだったのに。
「うん、でももう大丈夫そう。」
「ホントに? 無理しちゃダメだよ? 」
「うん。」
音の発する心地よい音。
音のご両親の名付けの才には恐れ入る。
生まれて間もないときなのに、こんなに彼女を表現する名前をちゃんとつけてしまうのだから。
<有沢音>。きれいな彼女にこれ以上ないくらいぴったりな名前だと私は思う。
「とにかくよかった、らあちゃん生きてて」
「あはは」
彼女のことを、私は本当に大好きだ。
そんな彼女を選んだ彼氏のトモダチを、甘く見てはいけなかったんだ。
彼女が選んだ男のトモダチなんだから。
甘く見たら、いけなかったんだ。

***


そう、よくよく考えてみれば、彼はものすごくわたしの好みのタイプだった。
背も高いし。
声もきれいだし。
手も大きいし。
どこをとってもそうだった。
このことに気付いて、わたしは自分に落胆した。
単に好きになったら大変そうだからって、自分を抑えてただけだったってことに今さら気付いてしまって。
本当に、途方にくれた。
なんてバカなのララ。
実はずっと気になってたんでしょう?
あんたはバカだ。
でも、ハーレムの一員になるのが、きっとわたしには耐えられなかったんだ。
みんなとおんなじ扱いしかしてもらえない。
いくら笑顔で接してくれたって、いくらやさしくしてくれたって。
みんなと一緒なんて。
初恋なのにそんなの痛すぎる。
とか考えていたのだ。
なんて臆病者。
オクビョウ者。
オクビョウ者。
と、自分をさんざんののしったところで、もうどうしようもなく。
わたしは大きな溜息をついた。

でも、この溜息はほんの序章に過ぎなかった。
溜息すらつけない状況に自分が陥るなんて、このときは気付きもしなかったんだ。


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