そのちいさなおと(2)

「ララさあ、ほんとに久し振りじゃない? 」
学食はいいかげん飽きた、という彼に連れられ、私たちはお好み焼き屋さんにやってきた。
ヘンな雑居ビルの2階にあるそこは、他の友達とだったら絶対に入れないようなところだったが、アズサはずんずん入っていき、さっきは店のオヤジと談笑さえしていた。
なんていう社交性。
お前はイヌか。
と思っていたら、アズサはおしぼりで手を拭きながら話し掛けてきた。
「うん? うん。ここんとこ、学校行ってないし。」
「え? そうなの? なんで? 」
「わかんない。行きたくないから」
私がそう言うと、アズサは きょとん、としたあと、さらりと、
「ふーん、大変だね」
と言った。
あ。
まずい。
私はあわてて、心にブレーキをかける。
「でもしょうがないよねえ。オレもぶっちゃけ行きたくないー。オレもやすもっかなー」
ことり。
私の中で、ちいさなおとがした。
雑音だらけの空間で、消えてしまってもおかしくないほどのちいさな音だったのに、はっきりと聞こえてしまったその音。
それは彼があたしの欲しかった言葉をくれたからで。

私は彼に、恋をしてしまったことに気付いた。

***


あたしの登校拒否は今回がはじめてのことじゃなくて、もう慢性的なものだったから、脱力しきって学校をサボりつづける私にみんなは、 「もうちょっとしっかりしろ」とか「頑張れ」とか投げつけるように言った。
あたしはそれをへらへら聞き流しているふりをして、ホントはさくさく傷付いていた。
まるで人間のできそこないみたいに扱われるのが耐えられなかった。
まあ、あたしも悪いし、ホントにできそこないだと思うけど。
「焼けたよー」
実は関西出身のアズサは、「お好み焼きならわいに任しときー」と、普段使わないようなエセ関西弁を使って、私には生地に指一本触れさせようとしなかった。
嬉々として三人前のお好み焼きを鉄板に流し込むアズサを、誰がこんなに食べるんだよ、と思いながらみてから、もうずいぶんと時間がたってしまったことに気付いてガクゼンとする。
少女漫画じゃあるまいし。
見とれてどーすんだよ。
ここで漫画のヒロインだったら赤面のひとつでもするところだろうが、
私はできそこないで、
しかも相手はアズサだった。
「ナマだったらアズサのおごりね」
平然と毒づくと私は、さっさとお好み焼きに手を伸ばしていた。
「あ、ララ、オレをナメんなよ」
アズサは悪びれない笑顔でそう言って、自分もお好み焼きに手を伸ばす。
そしてしばし、二人で黙々とそれを食す。
私は一人前に及ばない程度で箸を置き、まだまだ余裕で食べつづけるアズサを見つめた。
視線に気付いたアズサは顔を上げて、
「あれ、ララ、もう食べないの? 」
と、さも不思議そうに尋ねる。
「うん、あんまり食欲ない」
「えっ、そうなん? 」
「うん。」
「ゴハンはちゃんと食べなアカンよ」
なんだかおかんみたいな顔で言う彼をなおも見つめながら私は、まつげ長いなー、とか、目の色うすいなーとか、どこか遠くのほうで考えていた。
あまりにも現実味がなさすぎて、さっき恋だと思ったのは間違いだったのかな? とか思っていると、
「ララ、聞いてる? 」
気付くとさっきより間近くなったアズサの目が私の目を覗き込んでいた。
うわあ。
びっくりした。
ちくしょう。
やっぱり間違ってないか。
でもあまりにも現実味がなさすぎて、どうしたらいいのかわからなかった。

「大変だね」

彼がさらりと言ったことば。
彼は私を認めてくれた。
それが本当に嬉しかったのに。

どうしたらいいのかわからなかった。


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