そのちいさなおと(20・エピローグ)
そのまま帰ってもらうというのもなんだし、と思って家に上げてしまってから、どうしようか悩んでも遅い。
自分の無計画さ加減に自分自身で驚いてしまった。
一緒にリビングに行きかけてそれに気付いて、
「と、とりあえずお茶でも」、とか漫画のような台詞を吐き捨ててキッチンに逃げてきてしまった。
どうしよう。
初恋なんだよ忘れてたけどさあ。
どうしよう…。
と、キッチンに篭って悩むこと十数分。
そろそろ戻らないと変に思われる。
でも、この先の展開がわからないんだよなぁ。
どうしよう。
しかし、意を決してお茶を入れたカップを持ってリビングに行ってみたら。
アズサはすでにソファーの上で安らいでいた。
「アホ面ー」
思わず口をついて出てしまって慌てて口を抑えたけれど、彼が起きる様子はなかった。きっと疲れているんだろう。今日、帰って来たみたいだし。
しかし本当に間抜けな顔。
コドモみたい。
ひとりでに頬が緩んでしまう。
緊張して損した。
大体、今までの関係から言っていきなりどうこうなったりするわけがない。と、思う。
よくわからないけれど、とにかくなるようになるしかないんだし。
多分、今までみたいに苦労する毎日が続くんだろうし。
もうちょっと、頑張ってみましょう。
そう結論付けたらあくびが出た。
さっきいらない緊張をしたせいで、私もどうやら疲れたらしい。
私もとっとと、眠ってしまおう。
と思って、ソファーの彼に毛布をかけてあげようとしたら、いきなり手をつかまれてぐいと、引っ張られた。
心の中でまた、ちいさな音がした。
「ねー、もしかして今のファーストキスー?」
「な、何言ってんの、っていうかいつ起きたの起きてたの!?」
「んー、俺は二回目だよー」
「ちょっと寝ぼけてるわけ?」
「ララー、明日は遊園地に行こうねー」
「はぁ?」
「ぜったいだよー」
へら、と音がしたかと思うような笑い方をして、彼は再び眠ってしまった。
変な寝ぼけ方するな!と怒っても、もう起きることはなかった。
これからも、こうやって彼に振り回される日が続くんだろうなと思ったら、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
それでも今度はきのうまでとは違うのだろうし。
なんだかんだいって、彼に振り回されるのも嫌いじゃないし。
その寝顔にちいさく、『バーカ』と囁いて、今度こそ寝ることにした。
彼はあたしの一番欲しかったことばをくれた。
そのときちいさな音を立てて動き出した心は、きっとこれからも動きつづける。
おわり。2002.12.28
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