そのちいさなおと(19.2)

気が付いたら外が暗くなっていた。
意味がわからなくなって自分のさっきまでの行動を思い出してみる。
音が帰ってしまった後、適当に作ったもので軽めの昼食を取って、急にものすごい眠気が襲ってきて。
軽く眠るつもりが、どうやら本格的に寝入ってしまったらしい。

その事実に気付きしばし呆然としたあと、眠る前に食料の買出しに行こうと思っていたことを思い出す。
冷蔵庫を開けてみたら中はほぼ空っぽだった。
時計を確認すると、まだ6時を少し回ったところ。
何時間寝てしまったんだろうと思いながら急いで身支度をして、近所のスーパーへ向かった。

***


冬の空。
クリスマスの夜空。
ぴんと張り詰めた空気が気持ちいい。
朝からよく晴れていたから、星もたくさん出ているし。
とてもきれい。
そう思って買い物の帰り道、アパートの前についてもしばらく空を見上げていたら、

「おかえりー」

という声が、頭上から聞こえた。

ことりと。
心の中で音がしたのも、きこえた。

「いい天気だね、今日は」
くすくす笑いながら、彼は階段を下りてきた。
「お帰り、寒かったでしょ」
ぽかあんと口を開けたまま何も言えなくなってしまった私を見ながら、彼はなおも笑っている。
「ララ? 大丈夫?」
「なんで」
「ん?」
「なんで帰ってくるなら帰ってくるって」
「電話のバッテリー切れちゃって」
「なんであんたはいつもそうなの」
「充電するの忘れるんだよしょうがないじゃん」
「なんであたし、こんな寝起きの顔でスーパーの帰りなの?」
「何言ってるの?」
「だってせっかく久し振りに」
言っていたら何故か、目頭が熱くなってきた。
と思ったら目の前が真っ暗になった。
「冷えてるから頭働かないんじゃない? なんか、言ってることがあっちこっちに飛んでる」
「な! 失礼な! 放してよ」
多分彼の胸のあたりと思しきところを思い切り押してみたら、向こうの腕にはもっと力が入ったらしく、結局ぴくりともしなかった。
「やだよ。ちょっと甘えさせてよ」
「やだ。放せ」
「まぁそう言わずに」
「やだ」
「ララ」
「ヤダ」
そこで、体を包んでいた体温が離れた。
それに一抹の淋しさを覚える自分に何とも言えない気分になっていると、彼は身を屈めて私の顔を覗き込んで言った。
「ごめん」
「は」
「俺、けっこう前からララのこと好きだったんだ」
「え」
「でもナエのこともずっと好きだった。だからそれでララのこといっぱい、悲しくさせたでしょ」
「何」
「俺ナエのときもそうやっていつも甘えてた。それが最低だったって、結婚のお知らせが来たときに気付いた。ララが、泣いてるところを見て、やっと気付いた。だから謝らなきゃ終わりにできないんだ、と思って」
「終わり…?」
「うん。でもこんなに時間かかっちゃって、やっぱまだまだだなって、思うんだけど」
空を見上げながら、彼は囁くように、言った。

「好き、なんだ」

「なにが」

ちゃんと出しているはずが、私の声はかなり掠れている。

「ララが」

上を見ていたはずのアズサはいつの間にかまたこっちを見ていた。

「もうこんな奴のことは嫌いになっちゃったと思うけど、お願いだから」


その後に続いた『俺を好きになってよ』ということばは、耳の奥に届いて、心の中にちいさなおとを響かせた。


そのちいさなおとはとても心地よく響いて、私は最初のときと同じように自分の気持ちに気付く。

これから先もずっと彼が、私の中にこの音を響かせるのを、私が願っているという気持ちに。



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