そのちいさなおと(19.1)

その日は朝から、よく晴れていた。

***


「らあちゃーん」
朝。
学校はもう冬休みの、朝。
私は久し振りにピアノを弾いていた。
簡単な練習曲で指を慣らしていると、チャイムとともに玄関の方から声がして、ドアを開けてみると赤いコートを着た音が立っていた。
「おはよう。どうしたの? こんな朝から」
「どうしたのって、らあちゃんテレビとか見てないの? 」
「見てないけど、何?」
「今日は何月何日ですかー?」
「んーと、12月…」
「25日!」
「あ」
「お誕生日、おめでとーう!」
「あ、どうもありがとう」
言うと音は満足気に笑い、バッグから包みを取り出した。
「はい、プレゼント」
「え、いいのに」
「いいのにじゃないです。ほんの気持ちだし」
そう言ってずい、と、きれいにラッピングされたその包みを私の方へ突き出す。
控えめな大きさが好ましい感じ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「音、今日デートじゃないの? クリスマスだし」
「ん、デートはきのうのイブに。今日は昼ごろちょっと会うだけなんだ。トモくん実家に帰るから」
「そうなんだ? 何時に?」
「3時過ぎの電車だって」
「じゃあちょっと上がって行ける?
「うん」
招き入れると音は早速コートを脱いで台所へ向かった。
「私お茶入れるかららあちゃんは座ってて」
反論は許さないよ、と目で言われたのでおとなしく従い、テーブルの前の床にぺたりと座る。
そこでテーブルの上の大仏様と目があう。

奈良、か。
あれから連絡ないな。
何やってるんだろう。彼は、今。

私を好きになるために
と、彼は言った。

どんな顔をして、どんな気持ちで彼がそう言ったのかわからないから、このことについて何も考えないようにしようと思ってもなかなかそうもいかず。
ふとしたときに考える毎日がもう何日続いたかも定かには思い出せず。
気が付けば、ひとつ年を取ってしまったらしい。

何やってるんだろう。
「らあちゃん? どうしたのボーっとして」
「ん、なんでもない」
「そう?」
目の前に湯気を漂わせたカップを持った音が立っていることに気が付かないくらい、また考えてしまっていた自分に気付く。

何、やってるんだろう。

「らあちゃんは年末年始どうするの?」
「まだ決めてないけど多分ここでひとりかな」
「そうなんだ」
「そんなに長い休みじゃないしね」
「そっか。…アズサ君はどうするのかなぁ」
「さあ」
湯気を立てるカップをくるくる色々な方向に傾けながら首をかしげる。
今日誕生日なのにな。
「帰ってくるといいね」
「…わかんない」
答えた私に向かって、音は静かに笑った。
その気遣いに救われた気分になる。

彼女のいれてくれたココアは甘くてあったかくて、心の中がちょっとだけ溶けるような味がした。


BACK← →NEXT              
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送