そのちいさなおと(18)

旅に出る旨を電話で知らせてきて以来数日が経っても、アズサの消息は不明だった。
飯田君にも連絡はなく。
携帯に電話をかけてみてもいつも留守番電話サービスに接続され。
心配をかけてはいけないからということでアズサの実家に連絡をとるわけにもいかず。
彼からの連絡を待つよりほかに方法がない状態だった。
飯田君は、「まぁ、アイツ高校生くらいの頃にもこういうことしてますから」と言っていたけど、やはりそれなりに気にしている様子だったし、なんとかならないものかなあと思いながら郵便受けを開けるとその中に。

大仏様が、いた。

しばらくあっけにとられてからふと我にかえり、その修学旅行生が送るようなつるつるした絵葉書をそこから取り出した。

差出人は、アズサだった。


          おげんきですか?
          今奈良(実家)です。
          今日、大仏見てきた。奈良の大仏はやっぱスゲェよ。
          明日は京都に行こうかなーと思ってます。
          おみやげは何がいいかなー?


あっけらかんとしたその文体に力が抜けてしまった。
みんなが心配しているのとか、わかっているんだろうか、コイツは。
まったく、しょうがないな。
そう思いながらも、頬が緩んでいくのがわかる。
いつも突拍子のない行動に振り回されるけど、それも好きなんだろうな、と思う。
趣味悪いな、私。
そう思うとますます顔が笑ってしまう。
趣味悪くたってしょうがないじゃん、好きなんだから。
だんだん開き直る自分に驚きつつ、もう一度その文字列に目をやる。
男にしては整った、繊細な筆跡。
字は体を表す、とはよく言ったものだ。
その筆跡からは、彼が、溢れていた。

***


部屋に戻り、音にアズサから連絡があった旨を伝え、飯田君にも伝えてくれるように頼む。
これでとりあえず心配ではなくなった。
でも、まだわからないことはあった。

学校に関しては真面目なアズサが、まだ学校が終わっていないこの時期に突然旅に出てしまったこと。
そして電話で言っていた、「頑張る」の意味。

机に頬杖をついて考えてみても、私はアズサじゃないからわかるはずがなくて。どうしようかなー、と思っていると、かすかに何かが鳴っている音が聞こえた。
携帯が鳴っているんだと気付くまでに数秒かかり、また携帯のありかをつきとめるまでにさらに数秒かかってしまって、誰からかも確認せずにあわてて通話ボタンを押す。
すると聞こえてきた声に驚いて思わず携帯を取り落とした。
急いで携帯を掴みなおして、我ながら恥ずかしくなるほどの大声を出していた。
「アズサ、何やってるの」
「んー、頑張ってる、つもりなんだけど」
「つもり?」
「なんかダメになりそう、やっぱりここまで来ると」
「何が」
「ダメだ俺、って思うんだけど」
「だから何が」
「今、京都にあるナエの家の前にいるんだけど」
沈黙。
ナエ、という名前には覚えがあった。
飯田君のお姉さんの、名前。
アズサが今もまだ好きに違いない人の、名前。
それを聞いた瞬間、声を聞けて嬉しい、などと思っていた心が急激に温度を下げていく。
「いるんだけど、何」
「怖くて会いに行けない」
「…ふざけないでくれる」
「あ、」
「だからなんだって言うわけ」
「ごめん」
「謝られても困ります」
「うん、ありがとう」
「…は?」
「怒ってくれてありがとう」
「何言ってんの、バカ」
「んー、ごめんね、情けなくて」
「あんたが情けないのはいつものことでしょ」
「うん、でも頑張るから」
「何を頑張るの」
「ララを好きになるために」
「え」
絶句しているうちに気付いたら電話は切れていた。
何か。何か他に言っただろうか。
あわてて考えても、一度通り過ぎてしまった音は戻ってくることはなく。

おそらく赤くなっているだろう頬に手を当てて、混乱した頭を整理できないものかと悪あがきした。


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