そのちいさなおと(15)

駐輪場ドミノ倒し事件から数日。

市原アズサはすっかり復活していた。
そういえば最近見ていなかったハーレムも、見事に復活していた。
さっきそんな群れを見かけた。
彼はそのまんなかで、少年のように、笑っていた。

あれがついこの間、葉書一枚に怯えていた男なのだろうか。

どこか変わったところがあるとすれば、妙に私に絡んでくるようになったことくらいで。
それもまったく前触れなく、たとえばハーレムの真中から走ってくることもあれば、見向きもしないときもあったり、かと思えば帰り道で待ち伏せしていたりすることもあった。
私はそんな彼に半分本気で腹を立てつつ、残りの半分で喜んでいた。

なんだかんだ言っても、惚れた弱み、というやつで。
根本的には何も解決していないのに、彼が前と違う顔で笑うのが嬉しくて。
なんだかどうでもよくなってしまう。
どうでもいいわけはないのだけれど。
もう少しこのままでも、と、思ってしまう。
「ラーラっ」
そんなことを考えながら学食でご飯を食べていると、背後から私を呼ぶ声がした。そして顔の横に、明らかに2人前以上の食べ物が乗ったトレーがあらわれ、と思ったらそのトレーの持ち主が隣の席に腰を下ろした。
「何ニヤケてんの? 」
「にやけてないよ別に」
「嘘ばっかりー。大体、ろくに箸が進んでませんよー」
そう言って笑うと目の前で手を合わせ、「いっただっきまーす」と小学生のようなノリで叫んで、彼は目の前の料理に箸を伸ばした。面白いくらいの速さで、トレーの上の食べ物がなくなっていく。
すごい食欲。
でも、好きな人がおいしくものを食べているのを見るのは、なんだかとてもほほえましいことだと思った。
そういえばアズサとご飯を食べるのは久し振りだな、と思ったら、
「なんか、ララとごはん食べるの久し振りだね」
と、彼の言葉。
びっくりして私が黙っていると、彼はそんなことは全く気にならないのか、普通に話しつづける。
「あいかわらず食べないねララは」
「アズサが食べすぎなんだよ」
「そんなことないよフツーだよ」
言いながらも食べ続ける彼の前の食べ物はどんどんなくなってゆく。
「ねぇ」
「んー? 」
「なんで最近絡んでくんの? 」
「直球だねー」
「だって今更遠まわしに言ってもしょうがないじゃん」
驚異的な速さで食べつづけたアズサは最後の一口を飲み込むと、「まぁそっか」と頷いた。

なんなんだろう。
この微妙な感じは。

「意味わかんないよ」
私が呟くと、食事の終わった彼はすっと立ち上がって、
「たしかめてるんだよ」
と言って笑った。
「何を? 」
「ヒミツー」
「なんで? 多いよ、秘密」
「なんででしょうねー」
頭上でそう返事が聞こえたと思ったら、次の瞬間にはもう、彼は下げ台の前まで移動してしまっていた。

なんなんだろうか。
またもそう思いつつその姿を見つめていたら、視線に気付いた彼と目が合った。

彼はふっと笑って手を振って、そのまま出て行った。

こんなんでいいのだろうか。
本当に何がなんだかわからなくなって、私は途方にくれた。

何を確かめるっていうんだろう。
なんでそんな目をしてるの?

もう本当に、なんなんだろう。
またも前途が多難になってきたことに気付いて、溜息をついた。
溜息をつける状況に戻ってきたことを、うすうす感じながら。


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