そのちいさなおと(14)

「あっ」
今日は久し振りに自転車で学校にきたので、校舎前の駐輪場にとめに行く。
いつもきちきちに自転車が押し込まれている駐輪場の中に、なんとか自分の自転車が入りそうな隙間を見つけて押し込んだところで、肩から下げていた鞄が隣の自転車に引っかかってしまった。
あ、と思ったときにはすでに自転車は数メートル先までドミノ倒しになっていた。
あーあ、と思ったが、そのままにして行く気にもなれない。
とりあえず自分の自転車がしっかり立っていることを確認してから鞄をかけなおし、倒れた自転車を一台一台起こしていく。
するとそこで、背後から笑い声が聞こえてきた。
振り返ることもなくその声の主に文句を言う。
「笑わなくたっていいでしょ」
「ごめんごめん」
「ぜんぜん悪いと思ってないでしょ」
「思ってないねー」
「大体なんなのさっきの。人の顔見て笑って逃げるなんて」
「逃げたのはお互い様でしょー」
「お互い様って…」
いつのまにか隣で手伝ってくれていた彼をそう言って仰ぎ見ると、目が合った。

ことり。

心の中で、何かが動く音が、きこえた。

「お互い様でしょ」
「逃げてないもん」
「何言ってんの、全速力で走って逃げたくせに」
最後の一台を起こし終わって、ふ、と、彼は笑った。
何笑ってんだよ、さっきから。
と思って睨んでやったら、
「そんな顔してもダメだよ」
と、なおも笑いながら彼は言う。
「逃げるに決まってるでしょ、あの場合」
「人の話最後まで聞かないで? 」
笑顔を急に真顔に変えて、彼は私の顔を覗き込んだ。
さっきから煩くて仕方ない心の中の音が、さらに大きくなるのがわかる。

「うるさい」

むきになって言うと、
「ダメだよ、人の話は最後まで聞かなくちゃ」
と彼はまたも笑う。
「じゃ今聞く。なんて言ったの、あのとき」
きのうからずっと気になっていたけど怖くて聞けなかったのに、売り言葉に買い言葉で、つい聞いてしまった。

あの時彼が言ったこと。
ごめんのあとに、アズサが何て言ったのか。
気になって仕方なかった。

「知りたい?」
「知りたい」
正直に答えたのに、
「教えてあげなーい」
と、つれない彼の返事。

なんだかわけがわからなくなって、ああ、私、泣きたいかもしれない、とぼんやり思っていたら、突然耳もとで彼の声。

驚いて何かにぶつかったと思ったら、反対側の自転車が数メートル先までドミノ倒しになっていた。
「あー…どういうことー」
思わずつぶやいてみても、耳の奥に残る声。



『でも、カクゴしといて?』



今のは本当にアズサだった?
それさえもわからなくなるくらい、私のこころはうるさく騒いでいた。


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