そのちいさなおと(1)

彼は あたしのいちばん欲しかった言葉をくれた。
そのとき、こころの中でことり、と、何かが動く音がした。

***


彼は、どうしようもないおひとよしで。
背が高くて、ちょっとかわいい顔だから。
女の子はいくらでも寄ってくるし。
また、あいつもそれをぜんぜん拒まないし。
そんなわけでふと見れば、彼の周りにはいつもハーレムができている。
そして今日も、またしても出来上がったハーレムの中に、彼は、いた。
「ララ。ララおはよう。」
そのハーレムの中央から、彼は私に声をかけてきた。
ハーレムの女子たちがばっと私の方を見、品定めするような目でさらに見て、『勝った』って目をそらしてゆくのを肌に感じる。
まあ たしかに。
あたしはちまちましてますし。
でっぱりもへこみもないですし。
化粧もしてませんし。
いまだに高校生に間違われますけど。
そんなに勝ちオーラ出すなよ。
別にあたしはあんたたちの敵じゃないんだから。
「ララ、久し振りじゃない? 」
そんなハーレムの状況をわかっているのかいないのか、平然と、彼は私に声をかけてくる。
「そんなことないよ」
嘘だった。
でもあたしがいたって気付かない事も、彼には多かったし。
彼がなんだか釈然としない顔をしているうちに、ハーレムの女子たちはもう講義の時間なのか、ちょっとずつ、名残惜しそうに彼のそばを離れていく。
奴らの中のどれくらいの女子が彼に本気なのだろうという考えが、ふと頭を掠める。
「あれ、アズサは行かないの? 」
「ん? オレんとこは今日休講だよん。ララは? 」
ハーレムの女子たちみんなに振りまいていたのと全く同じ笑顔で彼は訊く。
それは、キザなタラシの笑顔などでは決してなく。
まるでピュアな少年の笑顔なのだ。
コイツはそれを、素でやっているのだ。
みんなに同じ態度で接しているのだ。
みんな、ちゃんと大切にしているのだ。
育ちのいいヤツ。
けっ、と思いながら見ていると、

「ララもなんもないならゴハン食べに行こー」

と、彼は言った。

***


あたしとアズサは、大学に入ってから仲良くなった友達だ。
浪人して私のふたつ下の学年に入ってきた私のひとつ年下のかわいい幼なじみの彼氏の友達。
なぜか一緒に遊ぶ機会があって。
なぜか今は仲良しだ。

男友達は今までにもたくさんいたけど、アズサは今までのやつらと決定的に違うところがあった。
アズサはもてるのだ。
本当にびっくりするくらい。
しかも、本人も多少自覚しているという。
で、そんなにもてているのに、本人は

「彼女はいらない」

と、平然と言ってのけていた。
なのに、ハーレムを含め、女の子にはとてもやさしいし、男友達も多い。
初めてのタイプだった。
何かあってはいけないと思って、私は彼を友達として認識することにしていた。
友達としては申し分ないから。
私の恋愛機能には友達モードがついているらしく、そのモードに切り替わったアズサとは、本当にフツウに仲良しだった。
飲んだりゴハン食べたり、
デートスポットに二人で行ったって、
本当にフツウの友達だった。
友達として、とても好きだった。
女子をあんなにはべらせてるから、彼氏になんてしたら大変だろうって言うのもまあ、本音のひとつだけど。
そんなわけであたしのなかにはこれでもかっていうくらいそんな色っぽい感情は起こらず、むしろアズサが男だってことをたまに忘れたりしていた。

そう、だから本当は、油断しきっていたのだ。

あたしはアズサに恋なんかしないって。


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