そのちいさなおと(13)
いつもは泊まっていく音がお留守番のために帰ってしまい、ひとりになったところで私の心にすとんと落ちてきたのは、「もしかして私は振られていないのかもしれない」という淡い期待だった。
そんなことはなくて、単に彼は弱っていて思わず「ゴメン」って言ってしまっただけかもしれないから、あんまり期待しちゃダメだ、と思うのだけれど。
さっき入ってきた、
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さっきはゴメン
ちゃんと家帰れた?
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というメールに、つい心が揺れてしまう。
何とも思っていないのに「ゴメン」って断るなんて偽善だ
という彼の考えが、なんとなく理解できる気がした。
こんな風に気にしてくれるならって、諦められなくなってしまう。
こんな風にやさしくされたら、ますます好きになってしまう。
多分彼はそういう気持ちを知っているのだろう。
だからあんなに、やさしいんだろう。
不器用なやつ。
と思ったら、なんだか変なものがこみ上げてきた。
おなかのあたりがぎゅーっとなって、目頭が熱い。
なんだろう、と思う間もなく、涙がぱたぱたとテーブルを濡らした。
どうしよう、どこか壊れちゃったよと思って必死に止めようとすればするほど、涙はあとからあとからこみ上げてくる。
自分の意識とは全く違うところで流れつづける涙がテーブルの上に水溜りをつくるのを見ながら冷静に、私は気付いた。
どうやらまだ諦める気はなさそうな自分の気持ちに。
振られていようが振られてなかろうが。
もうちょっと頑張ってみるしかなさそうだ。
音だってああ言ってくれたんだし。
もうちょっとだけ、頑張ってみてもいいかもしれない。
どうやら泣くほど、好きみたいだから。
***
次の日学校へ行くと、なぜか門のところにアズサが立っていた。
彼は私のほうをじっと見ながらにやり、と笑い、そのまま何も言わずに去っていった。
一念発起して朝から切ってきた髪をぱさぱさかきあげながら、今のはなんだったんだろうと考える。
しばらく考えてわかったことは、彼がちゃんとわたしのことを見ていたということと、ちゃんと笑っていたということの、ふたつだけだった。
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