四月(9)

四月十二日。
そして剣道部に結局入部している俺。

きのう覗きに行くのをやめた剣道部の先輩につかまったのは授業後すぐのことである。
どうも、高校の頃の先輩のバイト友達であるらしいのだが、詳しいことは不明だ。
とにかく、「全国大会級の一年生が入ってきたのになかなか入部してこないから連れて来いって言われてんだ」と腕を引っ張られ、あれよあれよという間に入部の段取りがついてしまった。

「俺、今日胴着とか持ってないっすけど」
「いいのいいの、今日はもともと稽古日じゃねんだ、今日は新入生歓迎会」
「はやすぎませんか」
「っていうのは嘘で、なんだかんだ言って今月は新しい一年生が来れば飲みにいくことになってる」
体育系サークル=飲み、という図式が頭をよぎりうんざりしているのがばれたのか、俺をここに連れてきた設楽、という名の先輩はわはは、と豪快に笑った。
「ま、しょうがないだろ半分くらいは遊びに毛が生えたみたいなもんだからな」
「はぁ」
でも身のこなしや立ち姿から、このひとはその半分には入ってないだろうなぁ、と思った。
なんというか、隙が無いのだ。
「嫌なら無理には誘わないよ。うちは強制はしないから安心していい」
「はぁ」
そしてなんというか、やたらとできた男である。
これは女にもてることであろう。
「それとも、稽古してくか? ジャージくらいはあるだろう。今日は一年生は体育の日だ」
「よくご存知で」
なんなんだろうか、この敗北感は。
別に、悔しがる必要は感じられないんだが。
別に俺の恋敵でもないんだし。
「いや、一年生にちょっとした知り合いがいてね」
「そうッスか」
でもなんなんだろうか、この嫌な予感は。
まさかこの人が俺の恋敵になるなんて劇的な展開あるわけないのに。
と、必死に気持ちをごまかそうとしていた矢先、その考えはあっさり裏切られた。
そしてかわりに嫌な予感があっさり的中した。
「設楽さーん」
入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきたのである。
「差し入れですよー」
「ああ、ありがとう」
まさか何かの間違いに違いないと思って何度も見直してみても、ぱたぱたと笑顔で走ってくるその人物は、有沢音に違いなかった。
「あれ、飯田君だ。あ、じゃあもしかして、きのう言ってたすごい一年生て飯田君のこと?」
「そうだよ、何、音ちゃん知り合い?」
音ちゃんとか呼ばれてるし。
「うん、おともだち」
「へぇ? それだけ?」
「もー、なに言わせたいんですかー」
なんか会話も慣れてるし。だいたいきのう言ってた、ってなんだよ。
「すいません」
あまりに居た堪れなくなって、思わず大声で二人の会話に割って入ってしまった。
「え、どうしたの飯田君」
「あの、俺もう帰ります今日」
「え、来ないのか飲み会」
「ちょっと用事を思い出したんで」
「そうか、ならしょうがないけど」
「また誘ってください」
「ああ」
「あ、それと」
「何?」
「お二人はどういうご関係で」
おいおい何訊いてるんだ俺。
「うーん、まぁ、家族みたいなもの?」
おいおい。
何訊いちゃったんだ、俺。
なんでわざわざ、聞かなくていいようなことを。
「そうですか、それではさようなら」
そして俺はあさっての方向を向いたまま、大急ぎで道場に礼をしてそこらへんにいる人に挨拶をして、下駄箱から靴を出して、履いて、道場の扉を開けて、一目散にその場から逃げ出した。

家族みたいなものっていったって色々あるだろ、落ち着け、と自分に言い聞かせても、逃げるその足は止まらなかった。


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