四月(10)

四月十三日。
だからって何も寝込まなくても。
この軟弱男。

どこをどう彷徨ったか、昨日家に帰り着いたのはなんと深夜11時を回った頃であった。
剣道場を出たのは確か夕方の4時頃だったはず。
片道40分の通学路を、どうやれば7時間もかけて帰れるのやら、自分の神経を疑った。
しかも別に酒に逃げたとか言うわけでもなく、バクチに逃げたわけでもなく、というかバクチなんてやったこともないから当然なんだけど、財布の中身は微動だにしていないというのに7時間もかかったのである。
ある意味奇跡的だ。
しかも、帰り着いてから気付いたがびしょ濡れだった。
外は春の雨が降っていた。
おいおい落ち着けよ俺、これじゃアズサのこととか全然責められないじゃないか、と思ったらくしゃみが出た。
そこで昨日の記憶は一度ブラックアウト。

次に気が付いたのは今日、一限の始まる3分前であった。
ああしまった、今日の一限日本国憲法だ。
と、思って起き上がった頭を強烈な眩暈が襲い、なんだよと思って 乱暴に頭を振ってみたら余計ふらふらしてきて、しかもくしゃみが出た。
これは間違いなく、風邪、だ。
入学早々、風邪か。
まったく、昨日今日とついてない。
なんだよ、今週の俺の運勢は12星座で言ったら最下位か。何座だかよく知らなないからわからんけど。
体温計を出して測ってみるまでもなくどう考えても熱がある。と思う。
くらくらする頭で日本国憲法、日本国憲法、日本国憲法、と3回唱えてみたけどちっとも学校に行きたい気分にならなかったので寝込むことにして、一度起き上がったベッドに再び横になった。
が、目が冴えてしまってなかなか眠れない。
本当なら今ごろ日本国憲法で、有沢さんが、と考えたらきのうの光景が蘇ってきて余計眠れなくなった。
なんなんだ、だから俺の今週の運勢は最悪なんだろ、わかったからもう。
なんとか眠ろうと寝返りを何度も打ってみるも一向に眠れず、いいかげん苛々が頂点に達し腹も立ち切ったので、飯を作ることにした。
大体、腹が減ってるからこんなにいらいらするのに違いない。

その考えはぼーっとする頭で考えたにしては見事に正解だったらしく、鍋をに水を入れて火にかけ、冷蔵庫から野菜を出して適当に切って沸騰した鍋にぶちこんで煮て、冷凍庫からうどんを出してそれも鍋にぶちこんで更に煮て、めんつゆで味をつけて卵を落としたところで、落ち着きを取り戻した自分に気付いた。
鍋と取り皿をテーブルに運んで、無言で食べる。
そこへ電話が鳴ったけれど、無視して食べ続ける。
やがて留守番電話に切り替わった電話機からは、姉の暢気な声が聞こえてきた。
居るのは解ってるんだから出やがれ、と電話口で喚いている。
居るわけ無いだろ、今俺は授業中なんだよ。
姉の思考はいつも自由奔放で、俺には到底ついていけない。
一人暮らしの俺の部屋に、無理矢理電話回線なんかつなぎやがって。
どういうつもりだか知らないけど。
黙々と食べつづけ、腹具合が落ち着いたらやっと眠れそうだった。
鍋と皿を流しに突っ込んでベッドに戻って、この上悪夢なんかでうなされませんように、と思いながら意外にあっさりと眠りに落ちた。

「トモ、ト、モ!」
そしてどれくらい眠ったのだろうか、誰かが俺を呼ぶ声がして目が覚めた。
「んー?」
「お前、今日学校休んだんやって?」
「んー、なんか熱があるらしい」
聞きなれた声に目を開けると、
「そうみたいやな、目が据わってる」
と声の主は口だけで笑った。
「ていうかお前、何でここにいるわけ」
「お前が休んだっていうから来てやったんやで、美しい友情」
「じゃなくて、鍵」
まさか、合鍵なんて渡していないはずだ。
「お前物騒すぎ、鍵開きっぱなしだった」
「え」
「それよりどしたん、きのうは元気そやったのに」
「まぁ、ちょっと色々と」
「ふーん」
いろいろと、あった俺よりも明らかにアズサがうろたえていた。
視線が定まらずに、きょろきょろとあちこちを見ている。
「アズサ? どうした」
「ん、いや、ていうかさ、有沢さんが心配してた」
会話も、微妙に噛み合わない。
「いや、」
「憲法の授業一緒だったのにいなかったって。ノートを託されたよ、脈ありなんじゃん?」
そわそわと、鞄からノートを取り出し、またアズサは口だけで笑った。
目が、笑っていない。
「アズサ? ほんとにどうしたお前」
「別にどうも。あ、俺これからバイトだからもう行くわ、えと、なんかしんどいことがあったら呼べや?」
「アズサ」
「ごめん」
結局俺とろくに目もあわせないままアズサは出て行き、あとには俺とノートだけが残された。
薄い緑色の表紙を開くと綺麗な文字が並んでいる。
そして隅のほうに「おだいじに」と書いてあった。
それは非常に嬉しいことではあるのだけれども。
さっきのアズサの様子が気にかかる。

熱はどうやら下がったらしく、新たな悩みのタネが増えた今、もしかすると俺は眠れなくなりそうだった。


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