四月(7)

四月九日。
その電車の中で、オレは彼女に宣戦布告した。

学校へ向かうための駅。
下りホームへやって来た電車に乗り込んで窓の外を何気なく見ていると、すごい勢いで階段を上ってくる人がいて、誰かと思ったらそれはなんと有沢さんだった。
閉まりかけたドアに芸術的に滑り込んで小さくガッツポーズをしてからふと顔を上げた彼女の視線が、あっけにとられた俺の顔を一番にとらえた、ように見えた。
一瞬の間のあと彼女は慌てて視線をそらし、コホンと小さく咳払いをした。
その仕草のかわいさに思わず笑っていると、再び彼女の目がこちらに向けられた。
「そんなに笑わなくても」と、口をぱくぱくさせている。
その顔にまた笑ってしまった。

上り線に比べればマシとはいえ、下り線も朝はそれなりに混み合っている。
しかし。
ここでこういうチャンスを逃しては、男がすたるというものである。
俺は周りの人に迷惑な顔をされつつも、電車の揺れを利用して、じわじわ有沢さんに近づいた。すると、あともう少しというところで突然電車が今までになかった大揺れを起こし、うわ、と思って踏ん張ったら「きゃあ」と誰かの背中が倒れてきた。
なんとなく反射的に受け止めてしまってから気付けばそれは有沢さんの背中で。
あまりに少女マンガな展開に苦笑しつつ、いやしかしこの場合、片想いの相手とのありえない展開に喜んでいるのは俺のほうであるという事実に思い当たる。
なんだかちょっと切ないような気もしないでもないが。
なんというか。
役得、というか。
棚からぼたもち、というか。
朝から縁起のいいことではある。
「ご、ごめん飯田君! なんかまだ日本の電車に慣れず」
妙なことを考えている途中で有沢さんは慌てて起き上がって振り返り、小声でなんだか耳慣れないことばを口にした。
「日本の?」
そこで気になった個所を訊きかえすと、
「私、けっこう最近までアメリカに住んでたからー」
と、なんとも驚きの答えが返ってきた。
それは初耳。
「そうなんだ?」
「うん。おまけに一年ぼーっとしてたからひとつ年上だったり」
「年上!?」
それも初耳だ。
「なーに露骨にー」
初耳づくしであからさまに驚きすぎたのか、有沢さんはちょっと膨れている。
その顔はどうも年上には見えない。
「いや、見えないなと」
と思って答えれば、
「向こうでは小学生と思われたよ」
と彼女はがっかりした顔で言った。
やっぱり。
日本人はただでさえ幼く見られがちと聞くのに。
「俺も今、小学生かと思った」
「なにそれ、ひどいなぁ」
「いや、かわいいなと思って」
何気なく言ったところで電車が次の駅に着いて、それでふと我に帰る。
何言ってんだ俺は。
うわー、と思って有沢さんの方を伺い見ると、彼女はぽかん、とした後こう言った。
「飯田君てスケコマシヤロウ?」
「今、自分でも一瞬そう思った」
自分の発言にげんなりしながら答えたら、有沢さんはくすくす笑った。
正確に言うと、本当は大笑いしたいんだけど電車の中だから精一杯こらえて、くすくす笑っている。
よく笑うひとだ。
しかも笑った顔もかわいいし。
目のやり場に困る。
「そんなに笑わなくても」
「だってかわいいー。それにさっき笑ったからお返しだよー」
「かわいいとか、急に年上ぶるのやめてくれません?」
「急にじゃないもん。それにかわいいものはかわいいんだからしょうがないでしょう」
「大体、有沢さんがそうやってあけすけだから!」
「だから?」
「こうしてぺらぺら本心喋っちゃうんでしょうが」
そういえば普段飯田トモという人間は、『無口で無愛想』と言われがちではなかったか。
「えー、いいことでしょそれは。隠すのよくないよ。こんなにかわいいんだし」
やっと笑いがおさまったらしく、吊革をもって前を向き、背筋をぴんと伸ばした彼女は悠然とした笑みを浮かべた。

その笑いに、俺の中で何かがキレた。

「有沢さん、そうやって余裕でいられるのも今のうちだから」
「え?」
「絶対今月中に、立場逆転させてやる」
「たちば?」
「俺、ちょっと本気出すから」
「え、え?」
きょとんとした彼女に、俺は宣戦布告した。
「どうぞ、よろしく」
今月中に、その心の中に棲みつくための。


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