四月(5)

四月六日。
運命の神様は迷える俺にちょっとだけ味方してくれたらしい。

朝いちばんの授業は「日本国憲法」。仰々しいタイトルにかなりひるんだけれど必修である。
指定された教室はよくテレビドラマで映っているような段差のあるやたら広いところで、そこにもうすでにかなりの学生がぎっちり。
その様子にうんざりして、これだったらまだうちのクラスだけのほうがマシだろうとか考えていたら、突然背後からそんな考えが吹き飛ぶ声がした。
「あー、飯田君発見。おはようー」
振り返れば、桜色のカーディガンを着た有沢さんが「やぁ」とか暢気に手を上げていた。
「やぁ」って、それはどこで覚えた挨拶なんだ、というツッコミをこらえて「おはよう」と返事をすると、
「すごい人だね、空いてる席がないね。どうしよう」
と、有沢さんは俺の隣に並んだ。
ここで初めて、この仰々しい「日本国憲法」が有沢さんの学科と一緒なのではないかということに気付く。
「あれ、有沢さんも日本国憲法?」
「うんそう。飯田君も?」
「日本国憲法」
「なんか仰々しいよね。必修で憲法」
「俺もそう思った」
二人で空いている席をきょろきょろ探しながら話す。
話しながらきのう軽くふられたことを思い出す。
このひと、一体どういう人種なんだろうか。
「女の子はよくわからない生き物だ」と誰かが言っていたような気がするけど、まったく100%その意見に賛成だ。
「あ、あそこ2つ空いてる」
あれは誰が言っていたんだっけなんてしみじみ考えていたら、いきなりぐっと腕をつかまれた。
え、と思ったときにはもう有沢さんが空いている席の隣の人に「ここ空いてますかー?」と聞いているところだった。
「空いてるって。ほら座って座って」
「え、あ、はい」
促されるまま席について。
当然のように隣に座る彼女にあらためて「女の子はよくわからない」という気分にさせられる。

きのう軽くふった男の隣に簡単に座るってどういうことですか。

と、尋ねるような勇気もなく。
ばれないように軽く溜息をついて、鞄からノートとペンを出して机に置いた。
「あ」
「え?」
「ごめん、誰かと待ち合わせたりしてた?」
「いや、べつに」
「なんか不満顔だから」
「いや、もとからこういう顔」
横の方から覗き込む彼女にどう反応したらいいのかもうわけわからん、と思いながら答えると、彼女は思わず、といった感じで吹き出した。
「飯田君っておもしろいひとだねー」
「有沢さんには負けると思う」
「えー、わたし面白いかなー」
「というか、謎」
「謎!」
そのことばがどれだけ面白かったのか、彼女は火がついたように笑い出した。
「私に謎なとこなんてないよー、思ったことしか言わないしやらないもん」
あーおかしい、と、俺の肩をバンバン叩く。
「でも私も男の子の考えてることは謎だな! だからおたがいさまおたがいさま」
そしてひとりでうんうん頷きながら納得している。
それを見ていたらなんだかおかしくなって、思わず笑ってしまった。

なんかわけわからんけど。
それはそれでとりあえずいいか、という気になってくる。
どうせあんな軽いふられ方じゃ諦めていいものかどうかもよくわからんし。
というか、諦める気にならないな。

笑いながら漠然と決意を新たにしたところで教官と思しき人物が教壇付近のドアから入ってきた。
日本国憲法か。
悪くないんじゃないの。


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