四月(4)

四月五日。
今日から授業のようなものがはじまる。

きのう時間割を組んでみたんだけど、1,2年は教養系科目が多いから、クラス単位の授業が多そうだった。
そこで自分のクラスの男の多さを思い出して、俺はちょっとゲンナリした。
夏になったらムサそうだな。
別にもうあんまり有沢音以外の女に興味も持てなそうだから、女がいないこと自体はどうでもいいんだけど。

しかし、そんな悠長なことは、早々に言っていられなくなった。

「なっんだよソレ!」
「んー、だから、芸術系って人数少ないやん?」
「だからって」
「一緒になるのももっともなハナシ」
「マジかよ」
「マジよ」
午前中の授業終わりに鳴った携帯はアズサからで。
誘われた学食で告げられたのは、あまりにもな事実。
「なんだよソレー」
「そんなにへこまなくても」
「だってうちのクラス8割以上男だぞ」
「うわー、それはヒサン……」
「別に女がいたからってどーってことじゃねーけど」
「有沢さんだー」
アズサの所属する学科と有沢音の学科は、教養科目を同じ教室で受けることが多いという。
あんまりだ。そんなのアリか。
「そーだよ悪いか」
「いや、そーでなくて」
アズサのツッコミ、いちいちうるさい。と思いながらやけになって味噌汁を啜っていたら、背後から声。
「あ、飯田君とアズサ君だ! 隣って空いてるの?」
「ね、ほら有沢さん」
「はい? わたし? 何?」
振り返ったら今噂をしていた人がいる、というマンガのような展開に思わず口に含んでいた味噌汁を吹き出しそうになり、それこそマンガみたいじゃないか、と心の中で自分に突っ込んで何とかこらえる。
「学食すごい人出だねー。空いてる席がなくてお昼どうしようかと音ちゃんと困ってたとこだったんだ」
アハハと笑いながらさっさとアズサの隣に座る新藤を見ながら、そういえば有沢さんと会うのはもしかして「一目惚れした」宣言後初なのでは、と思いついて軽いめまいを覚える。
どんな顔すりゃいいわけ、俺は。
「飯田君? 何か悩みごと?」
魚の骨を箸でひたすら取り除きながらぐるぐる考えていたら、いつのまにか隣に座ったらしい悩みのタネが、あんまりな質問。
あまりにあんまりで、俺はちょっと落ち込みそうになる。
「有沢さん、それ何なの。天然?」
「天然? 何が?」
視界の端でアズサが笑っているのがなんとなく見える。
「飯田君、こわいこわい」
アズサの横で新藤が苦笑いしている。
「私、なんか悪いことした?」
そして隣では有沢音が首を傾げ。
何が何やらで頭がくらくらした。
なんで俺こんなワケわかんなくなってるんだろう。
と思ったら唐突に、「初恋」ということばが頭を掠めて、もしかしてそういえばこれがそれなのかと気付いてなんだか悲しくなった。

あまりに前途多難な気がする。
漠然と。

「有沢さん、俺の一目惚れの話覚えてる?」
「覚えてるけど」
「だからそれがなんなのって。なんでそんなけろっとしてんの」
「だって一目惚れでしょ? 今からどうなるかわからないし。それに私今のところそういうのに興味ないもん。ごめんなさいだけど」
淀みなく。
あっけらかんと。
ハヤシライスを食べながら、なんでもないことのように。
話すその声がおそろしく美しくて。

漠然と、だが、確信した。
あまりに前途多難、だ。

溜息をついて焼き魚定食に向き直ると。
目の前で、アズサはまだ笑っていた。




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