四月(12)

四月十五日。
いまだ本調子とも言えず。

駅に着いてくしゃみをしたら、背後から笑い声がした。
俺、そんなデカイくしゃみだったか? と首を傾げたら、またしても笑い声。
なんや、失礼な奴、と思って振り向いたら有沢さんだった。
どうも、鼻が詰まっているせいで耳がちゃんと聞こえていないらしい。
「大丈夫?」
「まぁ、一応」
「雨に濡れたんだってー? 飯田君てしっかりしてそうなのに」
「いや、まあいろいろあって」
久々に会う有沢さんは、至って普通。
俺が雨の中7時間も彷徨ったのが自分のせいだなんて思いもしないんだろう。
まあ当然だけど。
「設楽さんも心配してたよ」
そうそう、こういうことを笑顔でいけしゃあしゃあと述べられるくらい、俺はどうでもいいんだろ。
具合が悪いことも手伝って思考回路が暗いほうへどんどん転がっていく。
それを止める元気もないし、と自分の感情を完全に放置して黙っていたら、額に何かが触れた。
は? と思って意識を戻したら、有沢さんが俺のおでこに手をあててこっちを覗き込んでいる。
「でぇ!」
思わず変な声を上げてのけぞったら、「うーんちょっと熱っぽい?」とか有沢さんはいたって普通に首を傾げたりしていて、なんだかもう家に帰りたくなってきた。
「大丈夫?」
「だから、お前のそれは天然なのか」
はあー、って思いっきりため息をついてしゃがみこんだら、有沢さんも向かい側にしゃがみこんでくるから腕に顔を押し付けたまま愚痴を言う。
「オマエのソレ?」
あっしまった、オマエとか呼んでしまった。
でも、もうどうでもいい。
そう思ってそのままを口にする。
「もういいよ」
「んー、よくわかんないけど、私も心配してたよ?」
「そりゃどうも」
立ち上がったらちょうどホームに電車が入ってきた。
「どうしたの、具合が悪いの? 機嫌が悪いの?」
「どっちも悪い」
速度を緩めてく電車をぼんやり眺めながらどうにでもなれ的に呟いたら、有沢さんは困ったような顔でまた覗き込んできた。
「私、何か気に障った?」
「さわった」
「ごめんね」
「なにが?」
「え、と」
とりあえず謝られるのとか、ホント勘弁して欲しい。
そういううわべだけの、とか、そういうのが欲しいんじゃないんだから。
「俺、もう結構何回も言ったよね?」
「え」
「有沢さんのこと好きだって、結構何回も言ったよね」
電車が止まって、待っていた人たちがぞろぞろ乗り込んでいく。
その列に並びながら有沢さんに目線を向けると、やっぱり困惑した顔だった。
乗車客の一番後ろにいた俺たちが乗り込む頃には発車ベルが鳴り出して、慌てて乗り込もうとする有沢さんの腕を引っ張った。
「俺、別にただのいいヒトになるつもりないから」

ふと気付いたら電車は動き出していた。
俺は駅のホーム。
有沢さんはいない。
左手になんとなく残ってるヒトの体温。
……しまった。
熱があったからって、そういうことじゃないだろ。
何、キレてんの、俺。
去っていく電車の姿が見えなくなってからしばらく駅で呆然として。
自分の言った言葉がもう取り消せない事実に愕然として。
まあ本心だけど、と回らないアタマで考えて。
本調子じゃないことを言い訳に、家に戻ることにした。

家に戻ってから、ノートを借りていたことを思い出した。


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