四月(11)

四月十四日。
悩みながらも結局なんだかんだで眠ってしまい、未明に空腹で目覚めて真相を理解した。

あまりに空腹で、なんだと思ったらきのうは朝、うどんを食べたきり何も食べていない。
そう気付いて冷蔵庫を開けたところで、その違和感に呆然とした。
適当に野菜を突っ込んであっただけのはずの冷蔵庫の中に、色々な料理が出現していたのだ。
そしてその上に、紙切れが一枚。
そこには姉の字で「風邪ひきの弟よ、たくさん食べて早く直せよー」と書かれていた。
それを見た瞬間に怒りのような、焦りのような、変な感情が湧いてきた。
きのう、というか、さっき、というか。
去っていったアズサの背中を思い出す。
不安定に定まらない瞳を思い出す。
「あいつ」
恐らく、この部屋の前で、会ったのだろう。
でなければあんなに、揺れるはずがない。

気付けば携帯電話を手に取り、電話帳を開いて通話ボタンを押していた。
発信先は市原アズサ。
多分、こんな時間になっても眠れずに居るだろうと思った。
『もしもし、どしたんトモ、具合悪い?』
案の定、呼び出し音が鳴り出してから一回足らずで通話に切り替わった。
「おまえ」
『ん、何?』
「何でなんにも言わない?」
『は、何が』
「会ったんだろ」
一瞬の間。
『あぁー。元気そやったなぁ』
「それくらいのことでこんな時間まで起きてるんじゃねえよ」
『そっちこそ』
「俺は空腹で起きたんだ」
『まぁ。健康ね』
「お前、大丈夫か」
『わかんね』
「おい」
『嘘、嘘。もう半年以上経つし。別に。ナエは「おー、アズサー!」とか言いながら元気に帰ってったで』
「アイツのことは聞いてないだろ」
すると、受話器の向こうは無音になった。
お互いしか居ない世界で片方が黙ってしまったために、音が消える。
根気よく待ったら、絞り出すような声がした。
『お前、アイツとか言うなよ』
この男のこういう他人に優しすぎるところがよくないと思う。
だからいつまでたってもぼんやりと傷付いたままの自分を放ったらかしにしてしまうのだ。
「アズサ」
『オレは大丈夫やって。ホンマに。結構大丈夫やってん。なんでか』
「じゃなんでこんな時間まで起きてるんだよ」
「なんでわりと平気だったんか考えてた』
「マゾか」
『かも知らんで』
受話器の向こうで、けたけたと笑っている声だけでは本当のところはわからないけれど、これ以上何を聞いても今は無駄だろう。
「じゃ、オレもう腹減って死にそうだから切るからな」
『こんな時間から飯食ったら肌が荒れるで』
「うっせ」
『じゃ、オレは寝る!』
「高らかに宣言することかよ」
『いやいや、んじゃどうもおおきにどしたー。おやすみー』
照れたのか慌ててまくし立てるように言って、一方的に電話は切られた。
液晶の時計を見ると、3時12分だった。
こんな未明に、男二人でどんな会話してるんだと思ったら空しくなって、空しいついでなのか腹が大きな音で鳴った。
誰も聞いていないことはわかっていたけど恥ずかしかったので、さっさと何か食べて寝ることにする。
早く寝ないと、今日というか明日というか、また寝坊してしまったら大変だ。


back * next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送