桜の精が、降りてきたのかと、思った。

四月


四月一日。
俺は走っていた。
「急げって!」
「もーえーやん、入学式なんて大した行事と違うやろ」
「違わない! 大体誰のせいで」
「だからぁ、それは悪かったてー」
「入学式の日付、間違うか普通」
「いつものことやん」
「開き直るなっ」
その日は大学の入学式で、なのに小学生の頃からの腐れ縁、市原アズサが、待てど暮らせど待ち合わせ場所に現れず。
嫌な予感がして電話をしてみれば、まだ夢の中で、「あれ? 今日何日?」なんて言っていて。
「トモはホンマに真面目やなー」
「置いて来たらよかった」
早めに待ち合わせをしていたからよかったものの、入学式に間に合うにはギリギリの時間に、やっとのことで大学の正門前に辿り着き。
正門からは大分離れたところにある会場の大体育館までどこまでも続く桜並木を、とにかく走った。
「ホンマ、オレなんかほっといたらええやん」
「アホ。放っとけるか」
「いやーん、愛のコクハク?」
「バカか」
「うわっ、バカ言うな!」
アズサが抜けているのは天然のものに違いないんだけど。
ここ一年くらいはさらにそれに拍車がかかっていて、危なっかしくて放っておけない。
別に、俺の責任とかいうわけじゃ、全然ないんだけど。
「トモ? おーい」
「なんだよ」
「いや、急に黙るから」
急にって。
別に喋っている必要はこれっぽっちもないじゃないか。
と思って返事をしようとした、ちょうどそのとき。
急に強い風が吹いた。
舞い上がる砂に思わず目を閉じ、次に目を開けた瞬間。
桜の間からふわ、と音もなく誰かが飛び出してきて、あっという間に目の前を通り過ぎていった。

慌てて立ち止まった一瞬、目が合った。

「トモ、トモ?」
「……え?」
「どしたん、急に立ち止まって。遅刻するヨ?」
「いまの」
「ん?」
「桜の、精?」
「んー、スーツ着てたし違うんやん?」
「スーツ」
「着てたし」
呆けたように、しばらくアズサの顔を眺めてしまい。
そのうちに、自分が何を言ったのかをだんだん理解してきて。
「うわっ、今のナシ!」
と思わず叫んだら、アズサはにや、と笑った。
「トモ、恋に落ちちゃった?」
「はっ?」
「そういう顔」
「な、何言ってんそんな」
「あっ、時間まずいマジで遅刻」
「ちょ、待てっ」
「ホラホラ、急げー」
「アズサ!」

四月。
その桜の下で、出逢った。


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