彼女はいつもそこから空を見てた。 ひとりで上を向いて。 その木の上から。
「たとえばさあ」 「なに」 「例えばあたしが15歳で死にたいとするでしょ」 「何言ってんの突然」 幼なじみの晴花は、話をしていると三回に一回くらい「たとえばさぁ」と口にする、まさに思春期を迎えた14歳の娘さんである。 僕はといえば、その「たとえばさぁ」、に付き合っているふりをしながら「最近の晴花はかわいくなったなぁ」などとうわのそらで考えている、やはりまさに思春期の13歳である。 「突然じゃないよずっと考えてたの」 「は、考えてた? 今例えばって言ったじゃん」 「大地、アンタは年下のくせにいちいちかわいくないんだけど」 「なんだよそれ、べつにいいよかわいくなくて」 「大体身長も伸びすぎじゃないのそれ。なんで中一なのに180センチもあるわけ。むかつく」 僕の身長が伸び始めたのは小学六年生の夏で、今年の夏、気付いたら180センチを越えていた。 身長156センチの晴花は、悔しい悔しいと僕のおなかのあたりをグーでぼこぼこ殴ったけれど、これは遺伝なので致し方ない。 じいちゃんの身長が187センチ。とーさんが189センチ。ついでにいうとおかーさんが172センチ。 大きくならない方が難しい。 しかし彼女が羨ましがるのも当然のように思えるのは、僕が彼女と小さいときからずっと一緒にいたせいだろう。 彼女は常人離れして高いところが好きなのだ。 十年前、初めて出会ったときも。 齢4歳にして、高い木の上から、小さい僕を見下ろしていたのだし。 「初めて会ったときはちっちゃくてかわいかったのにさ」 「僕は晴花のことを一瞬天使だと思ったけど」 「なにそれ。バカじゃないの」 「いや、次の日に間違いに気付いたけど」 「なにそれ、バカでしょ」 お引越しのご挨拶に行った僕を高い木の上から見下ろしている晴花を見つけたとき、僕は本気で「おお、こんなところに天使が」と思った。 今思えばなんてうすら寝ぼけたマセガキだ。 しかしそんな僕に向かって晴花は、 「あんた、隣に引っ越してきたんでしょ? じゃあ今日から私の子分にしてあげる」と、いきなり言い放ったのだ。 今思えばどんな理屈だ、という感じだけど、一瞬天使だと思った相手から「子分にしてあげる」と言われた僕はなんとなくふらふらとその申し出に従ってしまい、次の日になってやっと我にかえったときにはもう遅く、結局ずるずるとなんとなく、「晴花の子分」をやってきてしまったような気がする。 今だって部活の帰り道でつかまって、何故か晴花のジャージが入った鞄を持たされているわけだし。 まったくなんなんだか。 ふうと溜息をついたところで晴花がふとこちらを見上げて、その顔を見たら突然さっきの話を思い出した。 「でもなんで15で死にたいとか思うわけ」 すると晴花はびっくりした顔で固まり、 「覚えてたわけ」 と言ってそっぽを向いた。 「忘れるわけないじゃん、ていうか自分から話振っといてなんなのそれ」 短くてさらさらの黒髪を見ながら文句を言ったらその髪をさらりとなびかせて彼女は再びこっちを見上げた。 「いいよ別になんでもない」 「そんななんでもなくなさそうな顔で言われてもさ」 「うるさいなっ」 問い詰めたら突然晴花は僕からジャージの入った鞄を奪い取り、ものすごい速さで走り去っていってしまった。 僕は追いかけるタイミングを逃し、しばらくそこで途方に暮れた。 |
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