家に帰って自分の部屋に入り、カーテンを開けたら絶対に彼女がいることを、僕は確信していた。 そして案の定、彼女はその木の上で、ひとりで上を見上げていた。 初めて会ったときと同じように。
その姿を見ると、実は今でも、やっぱり晴花は天使なんじゃないかと思うことがある。 空を恋しがる天使。 「晴花」 「なに」 でも本性は、ただのわがままな僕の隣の家に住んでる幼なじみのはずなんだけど。 「なんなんだよさっきの。最近ちょっと変だよ」 「うるさいな」 「わかった。じゃ、僕今からそっちに行くから」 「は?」 「そっから晴花がいつも何見てるのか確かめに行く」 僕はちょっとムキになっていた。 そっちがそのつもりならこっちだって負けてはいられない。 もし万が一、本当に晴花が空を恋しがる天使だったとして、15で死にたいのは空があまりにも恋しいからなんだとしたら、なんとかしてそれを阻止する方法を考えなくてはならない。 そんなわけないとしても。 「いい、やめて」 「なんで」 すると晴花はさんざん逡巡した挙句、さっきと同じ話をしはじめた。 「…たとえばさぁ」 「なに」 「私が15歳で死にたいとするでしょ」 「うん」 「そしたらさぁ」 「うん」 「大地はどうする?」 「は」 質問の趣旨がすぐに理解できなくて、僕は思わず変な声を上げてしまう。 「ほら、だからなんでもないって言ったじゃん。もういいでしょ」 晴花は上を向いたままで、どんな顔をしているのかはよくわからない。 でも、もしそんな事態になったとしたら僕は。 「とりあえず毎日その木に登って晴花が天使になって降りてこないか待つ、ような気がする」 「何、寝ぼけたこと言ってんの」 「晴花こそ何が言いたいわけ」 本当に意味がわからなくなって尋ねると、晴花はぼんやりと、いきなりな話をはじめた。 「このまえね、同じクラスの何とか君ていう人に「好きです」って言われたのね」 「何それなんとかくんて」 「興味なかったから覚えてないの」 「ひどいなぁ」 「うるさいな。それでね、ふと気付いたわけ」 「何に」 気付いたら空は大分暗くなっていて、もう晴花の顔はほとんど見えない。 「ちょっと待って、割と決心のいる話なんだよ、ていうか」 「はい?」 「そっち行く」 ばた。 言うが早いか、晴花は木のてっぺんからなんと僕の家の屋根に飛び降りた。 「バカ! 危ないだろ!」 「私は大地が来年あたり、そのなんとか君みたいに誰かに「好きです」って言うところを想像してしまった」 屋根から僕の部屋の窓によいしょと近づきながら、晴花は淡々と言う。 「そしたらそれが思いのほか、嫌な出来事だったので」 「…15で死のうかと?」 「ん、昔からちょっとさ、ほら、空、に行ってみたかったのね。子供のうちに行くと天使になれそうじゃん。まあ、実際に死のうなんて気はなかったはずだったんだけど」 「ふざけんなよ、晴花」 「ごめんなさい」 「だいたいなぁ、なんだよそれ、空に行ってみたかったとか初耳なんだけど!」 やっぱり木の上でひとりでそういうこと思っていたのかと思ったら無性に腹が立ってきて、僕は声を荒げた。 もしかすると生まれて初めてかもしれない、こんなに大声を出したのは。 「だって」 「だいたい、変な想像するの止めろよな。肖像権の侵害」 「あんた、何で13歳のくせにそういうかわいくない言葉をつかうわけ」 「僕は晴花が好きだから、他の誰かになんて言わないし」 「ふーん」 「何それ、せっかく僕が思い切って」 僕の部屋の窓に辿り着いて窓枠に座っていた晴花は僕の一世一代の告白を興味なさそうに流し、ムキになった僕を見てくすくす笑った。 「なんだよ」 「いや、思いのほか、嬉しいものだと思って」 くすくすと、晴花はなおも笑いつづける。 なんだよそれ、と思いながら突っ立っていたら、晴花は窓から、僕の部屋に上がりこんできた。 「もう、木の上で空を恋しがるのはやめるよ。地面の上から、大地と一緒に見ることにする」 言いながらドアの方へずんずん進み、取っ手に手をかけて扉を開いた。 「でも、たまに登りたくなったら、あんたも連れて行くことにするよ大地」 そしてさっさと部屋を出て扉を閉めて、と思ったらもう階下で「おじゃましましたー」という声が聞こえた。 あわてて窓から隣の家の玄関を見下ろすと晴花が笑いながらこっちを見ていて、その姿を見て「おお、天使があんなところに降りてきている」などと寝ぼけたことを思ってしまったのは、当分の間彼女には内緒にしておくことにした。 おわり 15で死ぬことを夢見る女の子の恋のおはなし。 かなり趣旨が変わってしまった上に、なんとリク主のりょうさんのサイトが消えている…! ごめんなさいごめんなさい! もしどこかで見てらっしゃいましたら、こんなですけれどもどうでしょうか…? ちょっとかわいいお話になりすぎた感があります。 たまにはかわいいお話が書きたかったようです。 りぼんみたい。 読んだこと無いけど。 2004.9.30 NOVEL TOP gift top |
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