「なー大沼―」
ある日天野が言った。
「お前ってさ、実は一ノ瀬のこと好きだったんじゃないの?」
鈍感な奴にしては、図星なことを。


エースの憂鬱(1)



この前の「お前が好きだ」事件以来、すっかり通い夫になっている天野は、教室に恋女房がいないことを見て取ると、なんとなしに俺に言った。
ムダなコト言ってないで早く帰れよ。
と思ったけど、ボケているくせに人一倍気を使う奴だし、と思って思わず口をついたことばは、「いや?別のひとだよ」。
それで済んだらよかったんだ。そこに声の大きい坂本さえ通りかからなかったら。
「え、大沼って好きな奴いたんだー」
教室全体に響き渡ってあまりある大きさが普通の声の彼が、会話に入ってきてしまったために。
あ、と思ったときにはすでに遅く。
クラスにいた全員と、廊下を通りかかった人たちもが、一斉にこっちを振り向いていた。
俺はなんというか。
いたたまれなくなって。
天野の腕をつかんで屋上に。逃げた。
「大沼、やばくない?」
「んー、やばいやも」
「毎日ファンレター出してくる奴とかもいるんでしょ、お前って」
「残念ながら」
「発狂して刺されたりとか」
「それは避けたいなー」
屋上へ上がる道すがら、天野とこんな会話。
それより俺はアネキが怖ェーよ。
思いながら屋上の扉を開けると、
「あれ、どうしたの二人で」
一ノ瀬はるひが立っていた。
いとしの妻を見つけた天野は犬のようにかけより、さっきの顛末を手短に話した。
オイ。
俺に一ノ瀬好きかって聞いたところは言わなくてもいいだろ。
オマエなぁ。
と思いながら二人の顔色をうかがっていたら、
「あ、わかった、七瀬さんだ!」
と、一ノ瀬が声をあげた。
「んあ?」
「七瀬さんだー。そうでしょ大沼君」
「ナナセ?」
変な声を上げてしまった俺に構わず、、一ノ瀬はるひはなおも続けた。
「おまえ、ああいうの好きなんだ?知らなかったー」
もはや天野は同調するのみ。
「ナナセ?」
「ほらあ、剣道部の」
ナナセ、ナナセ…。思い出せない。
「うーん、なんで?」
「なんとなく」
笑顔で言う一ノ瀬はるひ。子どものようでかわいらしい。
いや、今んところオマエのが好きだよ、って言いたい気もしたけど。
自分が天野ほど思いつめて彼女のことを好きだとは、どうしても思えなかったので。
「じゃあそうかも」
なんとなく、適当に答えた。
なんか、どうでもよくなってきていた。

***


なんとなく知っている。
自分がどうやらモテル人間であるらしいこと。
天野みたいに鈍感ならうまくやっていけたのかもしれないが。
母子家庭、姉3人のオンナ所帯で育った俺はそうも行かなかった。
「女はちゃんと扱え」と、子供のころから耳にたこができるくらい聞かされてきたせいで、女の人を邪険にできず。
気付いたらバレンタインに袋いっぱいのチョコレートとか、クリスマスにたくさんの手編みのマフラーとか、誕生日にたくさんのスポーツタオルとか、そういうのを貰うようになってしまった。
彼女たちには申し訳ないけど今のところ恋愛には興味がなくて、なんとなくもらいっぱなしのままここまで来てしまった。
一ノ瀬に興味を持ったのだって、天野が見ていたからで。
誰かの欲しがるものが欲しいっていう、あれだろうなと、思う。
ちょっとよく見えただけ。
多分それだけ。
俺は誰も欲しがったことがない。

「大沼君、本当?」
帰り際に、知らない女子に聞かれた。
「好きな人がいるって本当?」
否定するのも面倒だった。
なんだか気分が、憂鬱だった。

***


家に帰ったら案の定、アネキがニヤニヤしながら立っていた。
「きいたよタケルー。あれ本当ー?」
「しらねえよ」
アネキは美人で頭いいくせに性格悪い。
「タケはさぁ、女に対してもっと前向きになりなよ。バリア、張りすぎ」
「知らねっつてんだろ」
誰のせいだと思ってんだコイツは。
「なんであんたそんなんで女にもてんの?」
「そっくりそのままあんたに返すよ」
「違うでしょ、アタシはオトコにモテんの」
いけしゃあしゃあと言ってのけた。
この図々しさがかけらでも、俺にあったら。
「俺はアネキみたいなのはいやだね!」
言ってやったら、
「アタシだってアンタみたいなつまんない男はゴメンだよ!」
と返された。
まったくその通りだ。

***


夕飯のあと風呂に入って軽く柔軟体操をして。
特にやることもないからと早々に布団にもぐりこんで、ふと思い出す。

剣道部のナナセって、どんな奴だっけ?


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…長! しかもまだ続くし。2003.1.8

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