「なー大沼―」 ある日天野が言った。 「お前ってさ、実は一ノ瀬のこと好きだったんじゃないの?」 鈍感な奴にしては、図星なことを。
この前の「お前が好きだ」事件以来、すっかり通い夫になっている天野は、教室に恋女房がいないことを見て取ると、なんとなしに俺に言った。 ムダなコト言ってないで早く帰れよ。 と思ったけど、ボケているくせに人一倍気を使う奴だし、と思って思わず口をついたことばは、「いや?別のひとだよ」。 それで済んだらよかったんだ。そこに声の大きい坂本さえ通りかからなかったら。 「え、大沼って好きな奴いたんだー」 教室全体に響き渡ってあまりある大きさが普通の声の彼が、会話に入ってきてしまったために。 あ、と思ったときにはすでに遅く。 クラスにいた全員と、廊下を通りかかった人たちもが、一斉にこっちを振り向いていた。 俺はなんというか。 いたたまれなくなって。 天野の腕をつかんで屋上に。逃げた。 「大沼、やばくない?」 「んー、やばいやも」 「毎日ファンレター出してくる奴とかもいるんでしょ、お前って」 「残念ながら」 「発狂して刺されたりとか」 「それは避けたいなー」 屋上へ上がる道すがら、天野とこんな会話。 それより俺はアネキが怖ェーよ。 思いながら屋上の扉を開けると、 「あれ、どうしたの二人で」 一ノ瀬はるひが立っていた。 いとしの妻を見つけた天野は犬のようにかけより、さっきの顛末を手短に話した。 オイ。 俺に一ノ瀬好きかって聞いたところは言わなくてもいいだろ。 オマエなぁ。 と思いながら二人の顔色をうかがっていたら、 「あ、わかった、七瀬さんだ!」 と、一ノ瀬が声をあげた。 「んあ?」 「七瀬さんだー。そうでしょ大沼君」 「ナナセ?」 変な声を上げてしまった俺に構わず、、一ノ瀬はるひはなおも続けた。 「おまえ、ああいうの好きなんだ?知らなかったー」 もはや天野は同調するのみ。 「ナナセ?」 「ほらあ、剣道部の」 ナナセ、ナナセ…。思い出せない。 「うーん、なんで?」 「なんとなく」 笑顔で言う一ノ瀬はるひ。子どものようでかわいらしい。 いや、今んところオマエのが好きだよ、って言いたい気もしたけど。 自分が天野ほど思いつめて彼女のことを好きだとは、どうしても思えなかったので。 「じゃあそうかも」 なんとなく、適当に答えた。 なんか、どうでもよくなってきていた。 なんとなく知っている。 自分がどうやらモテル人間であるらしいこと。 天野みたいに鈍感ならうまくやっていけたのかもしれないが。 母子家庭、姉3人のオンナ所帯で育った俺はそうも行かなかった。 「女はちゃんと扱え」と、子供のころから耳にたこができるくらい聞かされてきたせいで、女の人を邪険にできず。 気付いたらバレンタインに袋いっぱいのチョコレートとか、クリスマスにたくさんの手編みのマフラーとか、誕生日にたくさんのスポーツタオルとか、そういうのを貰うようになってしまった。 彼女たちには申し訳ないけど今のところ恋愛には興味がなくて、なんとなくもらいっぱなしのままここまで来てしまった。 一ノ瀬に興味を持ったのだって、天野が見ていたからで。 誰かの欲しがるものが欲しいっていう、あれだろうなと、思う。 ちょっとよく見えただけ。 多分それだけ。 俺は誰も欲しがったことがない。 「大沼君、本当?」 帰り際に、知らない女子に聞かれた。 「好きな人がいるって本当?」 否定するのも面倒だった。 なんだか気分が、憂鬱だった。 家に帰ったら案の定、アネキがニヤニヤしながら立っていた。 「きいたよタケルー。あれ本当ー?」 「しらねえよ」 アネキは美人で頭いいくせに性格悪い。 「タケはさぁ、女に対してもっと前向きになりなよ。バリア、張りすぎ」 「知らねっつてんだろ」 誰のせいだと思ってんだコイツは。 「なんであんたそんなんで女にもてんの?」 「そっくりそのままあんたに返すよ」 「違うでしょ、アタシはオトコにモテんの」 いけしゃあしゃあと言ってのけた。 この図々しさがかけらでも、俺にあったら。 「俺はアネキみたいなのはいやだね!」 言ってやったら、 「アタシだってアンタみたいなつまんない男はゴメンだよ!」 と返された。 まったくその通りだ。 夕飯のあと風呂に入って軽く柔軟体操をして。 特にやることもないからと早々に布団にもぐりこんで、ふと思い出す。 剣道部のナナセって、どんな奴だっけ? NOVEL TOP gift top |
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