five sec. to dawn

合い鍵というものを、渡したのは、付き合ってからちょうど一年目のクリスマスです。

なんてかわいらしい女の子ではないので、特になんでもない日にふと目に付いた鍵屋さんで作ってキーホルダーもつけずに渡したんだけど、まあ、一度も使われたことは無い。
うちに来るときはかならずインターホンを押してわたしがドアを開けるのを待っている彼はなんというか、まだダメなのかよ!と突っ込みを入れたいくらい怯えた目をしているときがあるわけである。

前の彼女のトラウマって、いつなくなるもの?

というのは、付き合いはじめて一年以上がたった今でもわたしのいちばんの謎だ。
ここでふつうパワーのある女の子なら、『彼はまだ前の彼女が忘れられないんだ→彼はわたしのこと好きじゃないんだ→そんな男と付き合ってても不毛なだけじゃない?→もうこんな男どうでもいいわ!』となって別れを選択するところなのかもしれないのだけれども、なにぶんそういったかわいらしいところがないもので(というか、前の彼女のことを忘れられない→わたしのこと好きじゃない、っていう最初の矢印がすでに理解不能なんだ)、わたしたちはぱっと見熟年カップルかのように落ち着いている。で、その状態を見ている後輩とかに上記のような実情を話すと、
「先輩、悟りすぎです…」
って言われるんだけど、まああれは見かけに負けないくらい繊細な生き物だから、このくらい悟らないとやってられないと思うんだな。

「ララちゃん、髪切ったね」
なんていうのは、強がりなのかなんなのか。
最近のわたしは妙にイライラしているわけであり。
去年の冬あたりから伸ばしていた髪を、きのうバッサリいってしまったわけで。
「失恋でもしたか」
なんて言われてもまあ仕方がないわけである。
「してない」
「まあ失恋で髪を切るような性質だったらとっくに別れてるか」
卒論のすべてが終わってしまい、よけいな授業を取ってないのでテストもなく、来年度院生になるわたしはとりあえずちょっと暇になった(まあいろいろやらなきゃならないことはあるんだけど)。
というわけで、鈴さんのとことか担当教官のとことかで稼いだ小銭プラスアルファで明日から一週間ほどアメリカに行くことになっていて、でもそのことをアズサに言ってなかった。
なんで言ってないかって訊かれても答えられないので、このことは音にも言ってない。飯田君経由でばれる可能性があるから、そもそも音にはアメリカに行くことも言ってない。
日本にいるひとで知ってるのは、鈴さんと透子と、担当教官くらい。他にもわたしのパーソナルスペースに入ってくることのないような友達とか後輩とかは知っているけど。
「アメリカのことアズサ君に言った?」
「言ってない」
「じゃ、わたしも言わない方がいいんだ」
「う、ん」
「なーに、どうしたの」
2年生のアズサはジャスト今テストの真っ最中で、しばらく会ってない。しかもアズサのかわりにわたしがここ一週間くらいエイプリルで働いている、という状況。
倦怠期?
いやいや、うー、ん。
倦怠期…?
「倦怠期?」
「…ちょうど今その言葉が頭をよぎっていたところ」
ランチタイムが終わるまではいつものようにあわただしくお互い接客業に没頭していたわたしと鈴さんだったけど、鈴さんはわたしがお店に入ってきた時から髪を切ったのが気になっていたみたい。
お店が落ち着いてきたと思ったら、ズバズバ。
「ララちゃんはなあ…」
「ララちゃんは?」
「いやー、うん」
「なに」
「うん、黙って行ってみたら」
「うん、」
「あんまり、甘やかしすぎちゃだめよ、男の子は」
「実感こもってるね」
「まあね」
話しながらもせっせと拭き続け、すべて拭き終わったシルバーをトレーに乗せて裏に引っ込みながら鈴さんはわははと笑った。



→four


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送