そのちいさなおと(11.2)

「すいません、突然呼び出して」
授業が終わり、足早にラウンジへ向かうと、飯田君が声をかけてきた。
「あれ、音はいないの? 」
「音はまだ授業があるんですよ。それに詳しいことは話してないから」
「どういうこと? 」
私が訊くと、飯田君はふと口ごもった。
「飯田君? 」
すると飯田君は、ちょっと座りませんか、と窓際の椅子を指した。
なんだか朝方の嫌な予感がむくむくと膨れ上がり、ものすごく反抗したくなったけど、理由もなしにそんなことをするわけにはいかない。しぶしぶそこへ腰を下ろすと、飯田君は私に一枚の葉書を差し出した。
そこにはしあわせそうに笑う男女の写真と、それにあたりまえのように添えられた『結婚しました』の文字があった。
「これ、おととい俺の姉貴から届いたものなんですけど…」
そう言ってまた口ごもる飯田君を見ながら、私は察しのいい自分を呪った。
幸せそうに笑う、その綺麗なひと。
飯田君のお姉さんだとは思わなかったけど。
このひとが今も、アズサの中に住んでいるひとなんだと。
なぜだかすぐにわかってしまった。
私がそう察したのがわかったのか、飯田君は続きを話し出した。
「あの人、自分勝手っていうかすごく奔放な人だから、これが来たときなんだかすごく嫌な予感がして」
それで急いで姉に電話して、それとなく誰にこの葉書を送ったかについて尋ねてみると、その中にアズサの名前もあったこと。
そのせいなわけはないだろうと思ったものの、きのう一日授業に出てこなかったアズサがちょっと心配になって電話をかけてみても通じず、バイト先にもいなかったこと。
戸惑いながらもそれらを話し終わり、さらにその色合いを濃くして、飯田君は最後の一文を口にした。
「それで念のため今朝家に行ってみたんですけど誰もいなくて…」
「なんで」
飯田君の話を聞き終わって、私が口にできたことばはこれだけだった。
飯田君は葉書に手をのばすと、わからない、というように首を振った。
「とにかく、他に頼れる人がいなくて」
彼は言った。
「私だって頼れないじゃん」
うわごとのように私が答えると、飯田君はもう一度首を振って、
「お願いします、アズサを探してやってください」
と言った。

嫌だ、と言いたかった。
何年も同じ人への想いを引きずってるような女々しい男なんて願い下げよ、って、言ってやりたかった。

でもどうしてもそのことばが出てきてくれなくて。
気が付けば葉書を飯田君から奪って立ち上がっていた。

どうせなら本人に向かって言ってやろうと思った。
あんたみたいな女々しい男は願い下げだって。

もしも見つけられたら、言えなくなることはわかっていたけど。


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