そのちいさなおと(10)

自分が思っていたよりずっと、アズサのことが好きになっていた。

そのことに気付いてしまった以上、早急にやらなければならないことがあった。
自分には一生縁のないことだと思っていたこと。
でも、このままずるずるとうやむやにしてしまっては申し訳ないというか、私の気がすまない。
ということで気合を入れて、学校のそばにあるファミレスに彼を呼び出した。

待ち合わせ時間ジャスト5分前、彼はやってきた。
「話っていうのはあのことでしょう? 」
と思ったら、やってくるなりこう言った。
そのとき私は、注文したアイスティーにレモンが浮かんでいたことにびっくりしていた。
だから一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。

そんなわけであっけにとられていると、
「あ、ごめん、」
と、彼は苦笑した。
そして席につくと軽く溜息をついて、もう一度「ごめん」と呟いた。
「やめてください」
その姿があまりに普段の彼と違うのに驚いて静止の声を上げてから気が付いた。

彼だって私とおんなじなんじゃないかってことに。

どんなに大人に見えたって、どんなに大人だって、誰かを好きになったらみんなおんなじなんだってことに。
人の心はだれにもわからないから、一概におんなじだなんていっちゃいけないけど。
麻生さんは大人だから大丈夫なんて思っちゃいけないってことに気が付いた。

そこへお冷とおしぼりを持ってきたウエイトレスに「アイスコーヒーお願いします」と注文してこちらを振り向くと、麻生さんは力なく笑った。
「俺って、わりと女々しいからさ」
「みたいですね。今気付きました」
「ひどいなぁ。そんなことないですよって言って欲しかったのに」
すいているからかすぐに運ばれてきたアイスコーヒーをどうも、と言って受け取りながらまた笑う麻生さん。

そういえばアズサも必ずああ言って受け取るよな。
あんなに周りに気を使っていて大丈夫なのかな。
あんなにボロボロなのに。
息苦しくならないのかな。
「ララさん? 」
気付けばまた、アズサのことを考えていた。
最近、誰の行動を見ていても、気付けばアズサのことを考えてしまう。
私のことを好きだといってくれた麻生さんを目の前にしても。
どうすればいいのかなんてわからないけど、こればっかりは自分で何とかしなくちゃいけないから。
「好きな人が、いるんです。だから」
「ああ」
コトバの足りない私の唐突な物言い。
それでも笑ってくれる大人な彼。
彼を選べばきっと幸せになれるのだろうけど、どうしても、あの顔がちらついてしまうのだからしかたがない。
「わかってたんだ、なんとなく。あの日、ララさんの顔見たら。でも、言いたかったからつい言っちゃった。ごめん」
女々しいよね、と言った彼を、とてもかっこいいと思ったけど、でも。
私はどうしても、あの年下の頼りない、子犬みたいな男の子が好きなのだ。
だから。
「ごめんなさい」
そう言った私に麻生さんは『こんないい男を振ったんだから頑張るように』と笑った。
無理してるのかもしれないと思ったけど、だとしても私にはもうどうしようもないから。
せめて笑って、はい、と答えた。
アイスティーの氷が溶けて、ストローがからりと回った。

他の人の気持ちなんてわからないけど、だからその分、自分の気持ちに嘘をつかないようにしよう。
そう誓いを立てるように私はもう一度笑って、もう一度はいと言った。


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