そのちいさなおと(9)
久し振りに泣いてしまった。
いつ振りだろう、泣いたのなんて。
考えても思い出せないことに苦笑する。
そんな自分が、まさか色恋沙汰で泣く日が来るなんて思いもよらなかった。
泣いたあとに笑いがこみ上げてくるあたり、自分はかなり壊れているなあ、と思うのだけど、
何故か笑いはどんどんこみ上げてきた。
ばかばかしい。
あんたはこんなに壊れているのに。
と、神様に言われているようだった。
しばらくけたけた笑っていたら、
「見つけたッ」
という、声がした。
誰の声かなんてことは考えたくもない。
考えなくても体が反応してしまっているけど。
「無視はよくないよ無視はー」
と言いながら、さっき飯田君がいたあたりに腰を下ろした彼、の顔は、やっぱり笑っていた。
その顔に、やはりという感じで胸が痛んであわてて目をそらそうとしたけど、ここでちゃんと見なきゃ負けだ、と思い直し、
じっと、彼を見つめた。
「俺だって傷付いちゃうんだからー、って、なに? なんかついてる? 」
「無視はよくないよはこっちのセリフだ、バーカ。」
「は? 」
何言ってんの、って顔をされる。
その目は遊園地で見たときのように、どこか、怯えていた。
ほらね。やっぱり私なんか見てないんだから無理だよ。
と思うと、想像以上に胸が痛む。
自分が力になれないのも悲しいけれど、笑顔の中に閉じこもったまま出てこようとしない彼の瞳が悲しかった。
どうしたら、そこから出てきてくれるの?
さっき考えていたやめようなんて思いは、本人を目の前にしたら簡単に消えてしまって、残ったのははじめの頃より大きくなった、彼を思う気持ちだった。
いつの間に、こんなに好きになってたんだろう?
仲のいいただの友達だった
どうしようもないおひとよしの
かわいい顔して見上げるほど背の高い彼の
どこをどうして、こんなに好きになったんだろう?
「ララ? どーしたん? 」
あぁ、この声とか。
覗き込んでくるこの仕草とか。
好きだなぁ。
やめるのなんて、無理だなぁ。
「ちょっと、ねぇって。」
自分がそんなにボロボロなくせに、私にまで優しくしてくれなくていいのに。
どうしてそんなに誰にでも優しくできるの?
私は彼みたいにはなれないから、せめて、好きな人には優しくしようと思った。
「大丈夫? 」
「ダメ。おなかすいた。」
「えぇ? 」
突飛な私のことばに苦笑する彼。
あの笑顔とは違う。
それがものすごく嬉しい。
彼がこんな風に笑ってくれるんだったら、あたしはピエロになっても構わないと思った。
やってやろうじゃないの、と思った。
落ち込んでたあたしを認めてくれたアズサのことを、
今度はあたしがみとめる番だ。
覚悟しなさい、市原アズサ。
あたしがそこから、引きずり出してやるんだから。
「じゃあなんか食べる? 」と笑う彼の横顔を見ながら、私は開き直った。
そのあとにまた厄介なことが起こることも知らずに。
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