8


付き合う前は、軽い男と思われていたフシがある。
いや、今も思われてるような気もするな。
とりあえず俺からひとつ言わせて貰うと、だったらお前は常に鈍感すぎや!

「あーこういう曲順かー。あーでもここ変えようかなー」
ライブハウスで明日のライブの打ち合わせをしたあと、 久々にひとりになりたくて自分の部屋に帰ってきた。
しかし思惑通りに行かず、学校帰りの田中がギター担いで押しかけてきてしまった。
明日のセットリストどっか行っちゃって、て言うて。
「お前、俺明日テストやねんで」
しかもセットリスト受け取ってそのまま帰ってくれたらよかったのに、何か気に入らないのか 部屋に上がりこんでリストを見ながらぶつぶつ言っている。
「水上君成績優秀なんでしょ? いまさら勉強しなくても」
お前、俺は今日あんまり機嫌がよくないんやで。という思いを込めて言ったセリフも見事に スルーされた。
田中はそのままこちらの様子に気付かず、ギターを出して適当に弾きつつ鼻歌をうたったり 何かメモしてみたりあまりにも普段どおりで、その姿に、苛々した。
「そういう問題ちゃうわ」
鼻歌でも田中のうたはやっぱり良くて、もっと聴きたいと思う自分とそんな気分じゃない自分。
そのふたつがぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいのかよくわからなくて腹が立ってきた。
「じゃどういうモンダイ?」
「気持ちの問題や」
「そんなに繊細かぁー?」
やのに田中はギター抱えて普段どおりで、こっちのテンションに全く気付かないその笑顔に頭のどっかが ぷっつり切れて。
「お前に俺の気持ちがわかるんか!!」
気付いたら怒鳴ってもーた。
アカン、めっちゃ驚いてる。
ていうかちょっと涙目なってるやん。
あかんあかん、せっかくこっちに帰ってきて穏便に済ますつもりやったのに。
「わかったよ、お邪魔しました!」
俺が自分のセリフに固まってるうちに田中のほうは動き始めて、ケースにギターを仕舞ってそれを肩に 担いでさっさと出て行こうとする。
「ナノカ!」
その後姿に思わず声を上げると、背中がびくっとなった。
アカン、次なんて言おう。
そう思ってまた固まってしまったら、
「帰る」
って言うて田中が玄関のドアノブを掴んだ。
とっさにその腕を掴んで無理矢理こっちを向かせる。
振り向いた目で、真っ直ぐ挑むように田中は俺を見た。
コイツはこういうところで女々しく泣いたりせえへん。
俺はそういうカッコエエところに心底惚れてる。
「明日な、どっかのレコード会社がお前んこと見に来る、って言うててん。最近めっちゃ多いやん? なんや、またかと思ってたら頭ン中意味わからんことになってもーて。つい怒鳴ってまいました。 ゴメンなさい」
「それだけ?」
「それだけって?」
「怒鳴った理由は」
「あとは言われへん。俺の問題やし」
言ったらそれまで俺の顔をじーっと見てた視線を逸らして、田中ははぁ、って小さく息を吐いた。
それからもう一度俺の目を見てすぐに逸らして、下を向いて小さく笑った。
分かりにくいけど、それは田中の照れてる仕草。
「アホやね、水上君も」
「ゴメンなさい」
「すごい今更じゃん。怒鳴るまで溜め込まなくても」
「いや、お前も悪いねんで、怒鳴らんようにこっち帰ってきたのに」
「そうだったんだ、ゴメン」
「いや、ちゃうやん、俺、お前の唄好きやで。やから、デビューでもなんでもしたらええやんって、 思ってんねんけど」
「けど?」
「いや、あとは言われへん。そこはカケヒキやんか」
「ええ? なにそれ」
田中はくすくす笑う。
「でも、俺はホンマにお前の唄、好きやで」
「えー、あー、アリガトウ」
あ、目ぇ、逸らした。
また照れているらしい。かわいいやつめ。
なんとなくいい空気で、ちょっと抱き締めたい衝動に駆られた。
しかし実行に移す直前に田中はまたくるっと玄関の方を向いて、
「やっぱ帰るよ。邪魔しちゃ悪いし。はやく卒業して立派な音屋さんになってね」
とか言いながら俺があっけにとられてる隙に本気で帰りよった。
邪魔しちゃ悪いし…?
なんやねんそれ。
俺は中途半端に上げられた手で自分の頭をかき混ぜて、もう一回言ってみた。
「お前に俺の気持ちがわかるんかー!!」
居ってよかったのに。田中のアホ。鈍感すぎや!
と思ったらポケットで携帯がヴヴヴ、とふるえた。
受信メール一件。

from:田中ナノカ
sub:明日

あしたは水上君が好きって言ってくれた曲ばっかりやるから、
テストがんばってね! オヤスミ☆

×××

next : number9
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送