5


田中ナノカというのはホンマに謎の生き物やと思う。
まったく、ライブハウスで唄てるときは天使かて勘違いするくらい可憐でかわいい感じのくせに、 かと思えば下界に降りてきた途端、表情のよく変わる、意思の強い女に早変わりする。
でも変なところ鈍感で変に天然ボケやけど。
と、なんとなく目の前のビールジョッキを見つめながら考えていたら、隣に座った田中が覗き込んできた。
「どーしたの水上くーん。お酒がすすんでませんにょー」 
ライブ後「飲みに連れてけ!」と言うから、近所の居酒屋に連れて来たったら、なんややたらペース速くて、 止める暇もなくあっという間に隣で出来上がってた。
目ぇ据わってるし。
呂律も回ってないし。
顔もピンク色やし。
涙目になっとるし。
「お前、もぉ勘弁してくれ」
完全に酔っ払いと化したその姿にいろんな意味でもうヤバイやろ、 という思いを込めて言ってみたがその言葉が相手に通じることはなく、
「ええーいやらぁー、まだ飲むぅー」
とか言いながら俺の目の前のジョッキを持ち上げて飲み出す始末。
「おい、もう止めときって」
大体なんでそんなに荒れた飲み方やねん。
ホンマに謎や。
「うるさぁーーい」
あ、落ちた。
「水上君のばーか」
カウンターに突っ伏してぶつぶつ言っている。
このまま寝られるとあとが大変やねんけど。
「お前、寝んな、起きろ」
「寝てないよー」
「そのままやったら絶対寝るやん」
「ねないもー・・・」
おいおい、言うてるそばから寝とるやん。
「田中! 起きろ! 置いてくで!」
「んーー。いやぁー」
「田中!」
置いていけるわけがないからこんなに困ってるわけやけども。
おーい、とジョッキを持ったままの左腕を掴んで揺らしたら、寝に入ってた田中が 突然がばっと起き上がった。
「うるさいわ!」
「は?」
「田中、田中、田中って、オマエはこの世に田中が何億人いると思てんねん!」
「何億人もおらんやろ」
関西弁になってんで、田中?
おまえは一体何が言いたいねん。
「……水上君は私なんてあそびなんだ」
と思っていたら田中ナノカは再び机に伏せていきながら、とんでもないことを言い出した。
は? 遊びっ?
「オマエ、何言うてん」
「そないなこと分かるか!」
また机からがばっと起き上がって、田中は俺の胸倉に掴みかかった。
やから田中、関西弁なってんで?
ちょっと落ち着けよ、という思いを込めて頭を軽く撫でてやったら、その体制のまま田中はぶつぶつ言い出した。
「また今日もお客さんに声かけられてたし…。しかもめっちゃ可愛かった! 水上君に声掛ける子って みんなめっちゃ可愛いんだもん」
オマエかてライブ終わり、いつも客の男から声かけられてるやん。
自分のこと棚に上げんな。
「ぶっちゃけああいう子のほうが好みなんでしょ。顔にやけてたもんね。 いいねモテモテで。ヒケツをおしえてくださーい」
「お前、終いには怒るで」
「じゃ今日の子と私とどっちが可愛い?」
「そないなこと分かるか!」
お前に決まってるやん、とか、言うてやれへんで俺。
知ってるやろ、テレ屋さんやねん。
ていうかホンマに、誰かこの酔っ払いを止めてくれ。
だんだん目に涙たまっていってんねん。
自分だけが被害者です、みたいな顔して。
これ、明日には全部忘れてまうんやろ?
今までの経験から言って、全部キレイに忘れてまうんやろ?
なのになんでこんな恥ずかしいこと言わなあかんの。
「あーもー、嘘や、嘘! お前が一番可愛いって」×××

next : number6
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送