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冬物のコートをクリーニングに出そうと思ったら、ポケットからアルファベットチョコが転げ落ちた。
あ、もしかして私、このコート去年クリーニングに出し忘れた? 今年着なかったしなぁ。
と、思いながら、そのチョコをもらったときのことを思い出してひとりでほくそ笑む。 

そのころ、私と水上君は、もうなんていうか、秒読み段階だった。
折りしも季節はバレンタイン。
これはもう、最後の一歩を踏み出すべきだろう! と決意した私は、義理だなんて誤解のしようがない くらいすごい本命チョコを作ってやろうと思い立ち、2月13日、徹夜で大量の生チョコを製作していた。
そもそも私と水上君の関係は、どちらかといえば私のほうが優位であるはずだった。
ライブハウスで唄っている私に、あなたの歌好きです、って声を掛けてきたのは水上君だったのだから。
でも実はそれより前から、音響担当の彼のことが気になっていたわけなのだけど、そういうのは内緒に していた。
そんなこと言ったら負ける。
ちなみになんとなく、ご飯を食べに行ったりとかは、していた。
もちろん誘ったのは彼のほうだ。
でも3ヶ月くらいそんな感じが続いたけれど決定打は放たれず。
まさかもともとそういう軽い人なのでは、という疑惑は捨てきれてなくて、14日未明、チョコレートを ラッピングしながら私は鬱々としていた。
水上君という人は、フットワークが軽くて適度に人当たりが良くて、しかもよく見ると男前の関西人 だから、常に密かにモテていた。
よく見ると男前、ってところ、かなり重要。
女の子はそういうのに弱いんだよ、もちろん私もだけど。
ホントに弱いんだよ、だってこの前来てたバンドの女の子たちにも逆ナンパされてたもん。
いやいや、でもそのあとこっち見て意味ありげに笑ってたし。挫けるな、田中ナノカ!
と、 萎える心に鞭打ってラッピングを終了させたときにはもう午前4時を回っていて、次の日1限からだった 私はろくに睡眠も取らずに学校に行き、講義中に寝ていたわけである。

事件が起こったのは、その1限の終わりだった。
教室の一番後ろの席で爆睡していた私は、講義が終わったことにまったく気付いていなかった。
そんな私のアタマに、突然何かがばらばらと落ちてきたのだ。
なんだなんだ、と起き上がると、私を覗き込む人影。
何が落ちてきたかと思えば、
「…アルファベットチョコ?」
「待っとるだけ、って性に合わんねん」
頭の周り一面のアルファベットチョコに首を傾げたら、人影から声がした。
あれ、この関西弁は、と思って見てみると、やはり声の主は水上君だった。
「あれ、なんでうちの学校に?」
「今言うたやん。待っとるだけって性に合わんねん」
「待つって何を?」
よくわからなくて質問すると、水上君は私を呆れたような顔で眺めてから、机の上のアルファベットチョコを ひとつ摘み上げて、もう一度私のアタマに落とした。
「田中さん、アホやな」
「え?」
「これ、何かわからんの?」
「アルファベットチョコ?」
「もうええわ」
首を傾げたら溜め息をつかれた。
「え。まさかバレンタインとかじゃないですもんね」
2月14日にチョコだからってねぇ。って笑おうとしたら、水上君の顔が接近してきた。
「何回言うたらわかんの。待っとるだけは性に合わん、て」
「はい?」
「なぁ田中さん」
「ハイ?」
「知っとるか? アンタのこと好きやって」
え、まさか。
「だ、れが?」
「俺」

今思ったらあのときから俺様全開だったな水上君は。
まぁ、嬉しかったけどさ。
奇跡的に原形をとどめていたそのアルファベットチョコレートを冷蔵庫にこっそり入れながら、 顔がにやけるのを止められない自分にちょっと笑ってしまった。×××

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