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水上君はタバコを吸う。
マルボロライト。
ライトなんか吸うくらいならいっそやめればいいのになあと私は思う。
体に悪いしさぁ。
「私、タバコ吸うひと、キライ」
ベッドの上でぼそっと呟いたら、ベランダでタバコを吸っていた水上君がこっちを向いた。
「なんやお前はいつもいつもキライキライ言いよって」
「体に悪いよ。それに副流煙で私が肺ガンになったらどうするの」
言いながら立ち上がってなんとなく水上君の横まで歩いていくと、水上君は反対側に向かって 煙を吐きながら言う。
「お前、結局は自分の心配か」
「だってガンとか嫌じゃん、怖いし、痛そうだし、お金かかるし」
「何でそこにカネのハナシが入って来んねん」
「だってもったいないでしょ! お金かけて病気買ってるようなものだよ。むしろそれやめて たまにはカワイイ私にプレゼントのひとつも」
「アホか」
私の夢見がちな発言は水上君の溜め息とともにあっけなく切り落とされた。
ふー、って吐き出されるケムリ。

はっきり言わせて頂いて、水上君がタバコを吸う姿は、それはそれはかっこいい。
一連の動作を額縁に入れて、毎日眺めたいくらいかっこいい。
だからタバコを吸う人は嫌いだ、というセリフの後には『水上君以外は』っていうのが入るんだけど、 まあそれはわざわざ言ってやる必要はない。どうせ悟られてるし。
言ってやんねーよ!
「黙んなや」
水上君はそんな私の沈黙をどう誤解したのか、苦笑しながら短くなったタバコを灰皿でもみ消した。
そして私の髪をくしゃっと撫でたかと思ったら、その手がすぐ次のタバコを求める。
吸いすぎだし、と思う。
かっこいいけど、ほんとに体に悪いから、やめればいいのになってやっぱり思う。
「アカン。空や」
そんなことを考えていたら、箱のフタを開けた水上君は眉をしかめた。
どうも今日はカバンの中に買い置きがないらしい。
「このへんこれ売ってるとこないしなー」
空っぽの箱を逆さまにして振りながら、水上君は頭を掻いた。
「買い置き、ないの?」
「これが最後のひとはこやねん」
「ふーん」
あー、とかうー、とか言ってる姿をボーっと眺める。
いつもそんなにスパスパ吸ってるわけじゃないんだけど、どうもたまにすごく吸いたがるときがある。
今日はきっとそんな気分なのだろうなぁ、と思いながらその横顔を見ていたら、ふとあることを思い出した。
私はベランダから部屋に戻り、キッチンの吊戸棚から金色のパッケージを取り出す。 それを見た水上君は、目を見開いてびっくりした顔。
「おまえ、なんで持ってんねん!」
「え、ええやんそんなん」
「関西弁で誤魔化すなや」
まさか片想いのころ一緒に飲み屋に行った帰りに一人で盛り上がって買っちゃいました、なんて 口が裂けても言えない。
「いらないならあげないよ」
大体、今ここで優位に立っているのは私なんだから、言ってやる必要もないしね。
ほら、水上君、おあずけを喰らった犬みたいな目になってる。
かわいいんだからなあ、こういうとこ。普段俺様なだけに。
「ほらほらー、どうするー?」
ふふふん、と勝ち誇ったように笑ったら、
「もう好きなようにしたらええって」
って拗ねてしまった。
あらら、やりすぎた?
「うそだよ、あげるって。いらないもん私」
と、またベランダまで出て隣に並んでみたけど、水上君は前を向いたままむすっとしてる。
それに思わず笑ってしまったら、チラッとこっちを見て、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
なに、その可愛い反応。
と思って更に笑ったら、完全に拗ねたみたいで灰皿を持って部屋に入っていってしまった。
慌てて追いかけて、
「ごめんて。ほら、ハイ」
って渡そうとしてもそっぽを向くし。
なんで今日はこんなに拗ねるのかなぁと考えて、ああタバコがないからかと妙に納得する。
水上君はタバコという存在に依存してる。
妙なとこで変に照れやさんだもんね。手持ち無沙汰なのがダメなんでしょ?
でも、ほんとに体に悪いからやめて欲しいんだけどな。
それに、私はタバコ以下の存在? って思っちゃうし。
ふと、手の中のタバコに嫉妬。
「じゃー私が開けちゃうからね」
「ええどーぞ」
体育座りになっちゃってるその姿を横目で見ながら透明なフィルムをぴりりとめくったら、ふと どこかで聞いた話を思い出した。
「ねえ水上君」
「・・・・・・」
答えないし。
どうしちゃったんだろう今日。
ちょっとやりすぎじゃない? それとも私のやりすぎ?
「ネガイタバコっていうの、やってもいい?」
「勝手にせぇ」
「え?」
ついに声まで小さくなってきたんですが。
声の大きい、関西人ステレオタイプのような水上君の。
「好きなようにしたらええって!」
あ、戻った。
「ちょっと拗ねすぎじゃないの?」
「べつに拗ねてへんし」
「あっそう」
言いながら箱の中のタバコを一本、ひっくり返す。
「水上君がこれでタバコをやめますようにー。あと、機嫌が良くなりますようにー。はいできたよ」
ことんと水上君の目の前に置くと、それをちらっと見てから彼はこっちをじーっと見た。
「ん?」
「俺、やめよかな、タバコ」
「え、ホント?」
「ウソ」
「嘘かよ!」
ちょっと期待してしまったのがあっけなく裏切られてしまって悲しいので思わず机に突っ伏すと、
「まぁ、田中がそこまで言うなら考えとくわ」
って声が頭上から聞こえた。
「ホント?」
おそるおそる目を上げると、マルボロライトを箱から一本取り出して、ライターで火をつけてるところ。
ああ、かっこいいと一瞬見惚れる。
そしたら目が合って、唇の端を上げてにやっと笑われた。
「さあ、どうやろな」
そう言いながら、また灰皿を持ってベランダに出て行く。

タバコを手にした途端、いつもの水上君に戻ってるし。
あぁ、でも、さっきのかわいいのもいいけど。
「ま、そんなの俺の勝手やけどな」
この俺様な感じが好きなんだよなぁ結局。×××

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