23


例のCDのサンプル盤、きのうナカゴミさんから貰ったままカバンに入れっぱなしになってたな。
朝それを思い出して田中の部屋のCDデッキに入れようとした途端、田中がすごい力で俺の腕を 押さえ込んだ。
「ダメ! それアレでしょ? この前のやつでしょ」
「そやで」
「ヤだ、ヤだききたくない!」
「ええから離せや」
「いや、離しません」
「は、な、せ」
普段はペットボトルの蓋も満足にあけられないほど非力なくせにどこからこんな力が、という強さで 押さえ込まれて、身動きが取れない。
「イヤ! レコーディングだってあんなゴーモンだったのに」
「はぁ? なんやねんそれ!」
「イヤったらイヤ! 水上君のエッチ!」
「なんでやねん!」
あまりにも力強く押さえ込まれて押し倒される形になっている俺からしてみたらお前がエッチやで。
「だって、だってさあ」
「なん?」
「あの曲、水上君に聞かれるの恥ずかしいんだもん」
あいかわらず俺を押し倒したカタチのまま、田中は照れて俯いた。
何、かわいいこと言うてくれてんねんお前は。
力が抜けた隙に起き上がるとやっと自分の体制に気付いたらしい田中が離れようとするから腕を掴んで 引き止める。
「えっち」
「だからなんでやねん! そういうこと言うと襲うで?」
「やめてくださいこんな朝っぱらから」
「ええから聴き、って。俺ちょっと手ェ入れてん」
オマエは気に入らんかも知らんけど、って続けると田中はどういうこと? と首を傾げた。
そのスキにCDをデッキに滑り込ませて再生ボタンを押す。
「あっ」
田中は何すんねん、って顔をしてこっちを見てからまた俯いた。
「お前の曲はなんと大トリやでー」
わざとおどけながら曲順を進めていくと、田中は観念したように顔を上げ、CDデッキをキッと見つめた。
あいかわらずその視線は凛としていて、俺はそれにちょっと見惚れた。
かち、かちと曲を送って15曲目。
ギターのボディーをノックする音から始まってアルペジオ。そして田中の声が流れる。
スピーカーを通すと普段とは少し違って聞こえるけれど、でもやっぱり田中の声。
手を入れたのは2番に入るあたりから。
正直、田中の反応がどう来るか心配でもある。
じっと、間近にある田中の顔を見ていると、弾き語りだった曲の後ろにベースの音が重なる。
自分でやったこととはいえ、改めて聴くと恥ずかしい。というか、なにを乙女みたいなことしとるんや俺は。
なんて若干後悔していたら、いきなり田中が俺の視線から消えた。
「何、これ。なんで勝手に」
というくぐもった声が胸元から聞こえて、やっぱりアカンかったか、と思ったらずっ、と 鼻を啜る音。
「はっ、お前、何で泣いてんねん」
「泣いてないもん」
「なんでやねん! めっちゃ泣いてるやん」
焦って顔を覗き込もうとしたらそっぽを向かれた。
「悪かったって。勝手なことして」
「・・・るくないもん」
「なん?」
「わるくないよべつに」
「ほななんで泣くん」
俯いたままのアタマに手を置いて訊いたら、田中はがばっとこっちを向いた。
「嬉しいからだよ! バカ!」
そしてそのまま俺の腹に一発食らわせてきて、油断してまともに喰らってしまった俺は腹を抱えて うずくまる。
「おまえ、何で殴るんや!」
「あいじょうひょうげんだよーん」
涙目のまま田中はけらけら笑っていて、悔しかったので腕を伸ばして抱き締めてみた。
そしたら田中は「まさか水上君がベース入れてくれるなんてねー。案外ロマンチストだよね水上君も」 って、腕の中で楽しそうに笑った。×××

next : number24
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送