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携帯の着信拒否されはじめて五日経つ。
家の電話に掛けることもできる。
家に押しかけることもできる。
でも、そういうことと違うやん。
こんなあからさまに拒絶されてるのに、そんなことして何になる?

5日前、とにかく苛々してた。
サークルの合宿中に後輩の、名前もよぉわからん奴に言われたことが変に気に障って、 いつになく腹を立てていた。
「でも才能のある彼女ってなんか不安ですよね色々」
そのときは、「お前色々ってなんやねん」って笑ったけど、いつもなんとなく引っかかっていた ところを突かれて、内心ではかなりドロドロしてた。
で、帰ってきてもなんとなく気分は晴れなくて、いつもだったら可愛いな、 って思うのほほんとした笑い顔が無性に悔しくて、変に焦って、八つ当たりしてしまった。
「当たる相手間違うてるやん」
思わず漏れた独り言に苦笑する。
今日はライブがある日やから顔、合わせなアカン。
どんな顔したらええんじゃボケ。
田中のクセしていつも俺をこんなに苦しめやがって。
「なに、水上君機嫌悪い?」
音響ブースでウオークマン聞きながらステージを睨んどったらしい。前方からやってきたオーナーに 笑われた。
「ああ、まぁちょっと」
イヤホンをはずしながらふと入り口を見ると、「おはようございまーす」って田中が入ってきた。
その姿を見てつい目を逸らしてしまった。
「あ、ナカゴミさんおはようございまーす」
そしたら向こうも普通に俺のことを無視してきたのでそのまま何も言わずに タバコと携帯だけ持って外に出た。

***

「えーと、今日の最後の曲はー、いつものやつにしようと思ってたんですけど、きのう、新曲完成 したんでそれに変更しますー。えーと、歌詞が飛んじゃったら許してください」
今日のライブは夏休みということもあってかなり混んでいた。
この前、ここのライブハウステレビ出とったしな。
そんな中でも田中目当ての客はやはり多い。
いや、だからって何やねん、俺。
そう思いながらステージを見ていたら、田中が急に新曲を、とか言いはじめたところだった。

肝心なところを口にしないのは
いつでも気付いてくれるって甘えてたから
コトバにするのは本当はカンタンなはずなのに
いつも意地を張っちゃうのは
ずっとおんなじ場所で 笑いたいからだよ


ぽろろん、とギターを弾いてからアルペジオで唄いはじめた歌は、田中ナノカらしからぬ直線的な 歌詞。
目からウロコ、って感じやった。
何を俺はあんな名前も知らん頭の弱そうな後輩の言うことを真に受けて落ち込んどったんやろ。
あれのせいでこのままフェードアウトとか、笑い話のオチに使えんし。
まぁフェードアウトにさせる気なんかなかったけど。
そもそも、キャラ違うやんきのうまでの俺。
なんや。めっちゃすっきりした。
なんてひとりで納得し終わったところで田中のセットリストがすべて終了し、同時に本日のライブが すべて終了した。
客出しが終わって、配線とかを片付けていると「おつかれさまでしたー」って田中が出て行った。
俺はまとめてた配線を下に置いてそれを追いかける。
地上に出ると、田中は出口からちょっと歩いたところに立ち止まっていた。
「おまえ、着信拒否とか卑怯やぞ」
真っ直ぐ背を伸ばした後姿に近づきながら声を掛ける。
「自分をかわいがって庇ってみたかったんだもん」
「俺はどぉでもええんか」
「まああの時点では」
言いながら振り返った田中は何か、笑いかけのような微妙な表情を浮かべていた。
なに、無理矢理笑おうとしてんねん、アホか。
「ほな今はどうなん?」
「かけてみればいーじゃん」
そう言いながら田中は俺のケツポケットに入ってる携帯を勝手に引っこ抜いて勝手に開いて勝手に ボタンをピコピコ押した。
途端に流れる着信メロディーは、キャロルキングの『空が落ちてくる』。
無言で返された携帯には田中ナノカの文字。
そのまま画面を見ていたら、『通話中』に切り替わった。
ていうかそもそも会話が微妙に成り立ってへんやん。と思いながら携帯を耳に当てたら、 『どーでもよくないよ』って声。
と同時に胸のあたりにどん、と鈍い衝撃。
「水上君は?」
んで、その胸のあたりからくぐもった声。
「どーでもええわけないやろ、アホ」
その頭を拳で軽く叩いたら、胸元に頭を押し付けてた田中が「いたーい」とか言いながら顔を上げる。
その顔にすかさずキスをすると目ェ真ん丸くして10秒くらい固まって、面白いからもう一回 してみたら「はぁ!?」とか言いながら俺の胸を突き飛ばして逃げる。
「今更何そんなに驚いてるん?」
その行動がなんかめっちゃ面白くて笑いながら言ったら、田中はキッとこっちを睨もうとして失敗して 俯いた。耳、赤いで。
「こっちはけっこう大変な決意で今日のライブに臨んだっていうのに何、なにその普段どおりの態度。 くやしい」
そのままぼそぼそと喋る頭のてっぺんをもう一度拳で軽く叩いたらまた顔を上げたので、 顔を思いっきり近付ける。
びっくりして目を閉じたその顔に宣戦布告。
「まぁ、お前が俺に勝つやなんて100万年はやいわ」×××

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