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「アホか。言えるわけないやろ」
私、ごはんのしたく中。
水上君はでんわ中。
今日の夕ご飯は冷やし中華。
今はきゅうりの千切りをしているところ。
ひとり暮らし用の物件の割に広いキッチンがお気に入り。
調理台の上には千切りにされるのを待つうすやきタマゴと、ゆでてざるに上げたもやし、 半月切りにしたトマト、千切りし終わったハム。
水上君はまだでんわ中。
「やから。無理やって。なんでて。自分で頼めばええやん、なんで俺を頼るねん。あ? やから無理。 せやったら自分で言うてみ? 本人に断られたら諦めや」
薄焼きタマゴを千切りし終わったけど電話はまだ終わらないみたいだったので切った材料ともやしを 全部冷蔵庫に入れて部屋に入ってテレビをつけた。
ら、目の前にずいっと、ケイタイデンワ。
水上君の黒いやつ。
顔見て首を傾げたら『出ろ』って口パクで言われた。
誰?
「もしもし」
『あ、タナカナノカさんですか』
「はい? どちらさまですか?」
相手は水上君の学校に通ってる水上君の友達だった。
『実はお願いがありまして』
「はぁ」
答えながら水上君のほうを見たら、なんかものすごく不機嫌そうな顔。
目が合ったらぷいっとそっぽを向かれてしまった。
何をそんなに機嫌悪くなってるの? と思って首を傾げたら、そっぽを向いたまま水上君は立ち 上がって、キッチンに行ってしまう。
携帯を持ったまま覗き込んでみると、吊り戸棚から鍋を出してお湯を張っていた。
ああ、麺、茹でてくれるのか。
『って、あの、聞いてますか』
「ああスイマセン。なんですか?」
『だから、卒業制作のショートムービーに出て欲しいんですけど』
「はっ?」
ショートムービーって、いまけっこうはやってるやつ?
『主演で』
「はっ?」
主演って主役?
『ダメですか?』
「ダメです」
『えー!』
「えーって。いやですよ。なんで私?」
『えー、じゃあどうしたら出てくれます?』
「いや、どうしても出てくれませんから」
『相手役がマサトだったら?』
「いや、それ多分私を口説くより大変ですよ」
水上君がショートムービーで私の相手役、とか絶対やるわけないし。
と思ってちょっと笑ったら、後ろから携帯が奪われた。
「せやから無理って言うたやろ。おん。べつに俺が強制したんちゃうからな。よぉ分かったやろ。 おん。じゃあ。あ、約束守れよ」
ぱたん。
忌々しい。って顔で携帯を閉じて、水上君は溜め息をついた。
「もう麺、茹でるで?」
「うん。ていうか今の何?」
「バレてん」
「は? 何が?」
「さっきの奴にお前と付き合うとんのがバレてん」
「え、あ、そうなの」
まぁ私は別に隠しとかなくてもいいんだけどなあ。
「まあ別に隠しとくこともないしいいかと思って開き直ったら、なんや『俺の卒業制作 出てくれないかなぁ。ねえ、マサトから話してみてよ』とか言いはじめやがって」
あ、ちょっと最後のところ標準語になってる。面白い。
「そんな話一言も聞いてなかったから何かと思った」
「俺から言えるわけないやん」
「なんで?」
「……出たい、とか言われたらどうしたらええんか分からんもん」
「なんで?」
「言えるわけないやろ。そんなこと」
鼻の頭を掻きながら妙に低い声で早口に喋る水上君に首を傾げたら、ふいっと視線を逸らして またキッチンに引っ込んでしまった。
そのときに見えた水上君の耳。
真っ赤だったんですけれども。
「なに!照れてるの何照れてるの!?」
楽しくなってキッチンを覗き込んだら袋に入ったままの冷やし中華の麺が飛んできた。
無理て言うたやろ、俺が強制したんちゃうからな、出たいって言われたらどうしたらええんかわからん もん、というセリフから、この女の子顔負けの照れっぷり。総合して考えたらこういうことだろう。
「もー、出て欲しくないんなら最初からそう言えばいいのにー」
「だから言えるわけないやろ!!」×××

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