開封後は賞味期限にかかわらずお早めにお召し上がりください
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重症。
頭の中がいっぱいになる。
彼のことで。
頭がいっぱいになる。
彼と同じような背格好の人を見かけるだけで、こころの中で変な音がきこえる。
でもまだ足りないと。
どうしても何かが足りないと、こころの上げる声は悲鳴に近くなってきていて。
もう狂ってしまいそうだった。
「あれー、飲まないのー? 」
友達に誘われてやってきた飲み会。
彼の学校の飲み会。
ちっとも楽しくない。
なんでだろう。
飲み会嫌いのはずの私が楽しめる集まりのはずなのに。
みんな、いつものように盛り上がっているのに。
なんでだろう。
「ゴメンね、ノリが悪くて」
「んー。突然誘ったのも悪かったし。今日はあんまり知り合いもいないでしょ。いつものみんなも誘ったんだけど最近は忙しいらしくてねー」
なんでだろう。
友達のことばもうわのそらで、考えていたら、ふと。
”いつものみんなもさそったんだけど”という文字列が耳に残っていることに気付く。
そして、それに伴って、唐突に頭に浮かんだ事実がひとつ。
彼がいないからつまらないんじゃないか。
…嘘。
そんなはずはない。
と思ったけど、一度思ってしまうとなかなか訂正というのは難しいもので。
「ゴメン、あたし、今日帰るね」
と、吐き出すように言っていた。
「あ、本当に? わかった、気をつけてね」
友達はそれ以上詮索せず、立ち上がる私に向かって手を振った。
帰る道すがら一人で考えるとますます、さっきの考えを否定できなくなってくる。本来飲み会が嫌いで、盛り上がりに欠ける私の隣で色々話をしていたのは。
いつも話をしていたのは、彼だったような気がする。
彼だったような気がする。
そう思ったらまたこころの中で変な音がして、私は頭を抱えた。
だったらなんだっていうの。
だからどうしようっていうわけ。
と、問い掛けてみても自分が理解不能で、すべてを放棄して眠ってしまおう、と開き直ったところで、携帯が短く鳴った。
めんどくさいなぁ、と思いながらも一応確認してみると、メールだった。
>最近会ってないけど元気ー?
という、彼からのメールだった。
瞬間。
頭の中が真っ白になった。
そういえば、彼からメールが来たのはいつが最後だっただろう。
彼と電話で話したのはいつが最後だっただろう。
彼に会ったのはいつが最後だっただろう。
いつが。
いつが最後だっただろう。
…ああ、そうか。
足りなかったのは、『彼』か。
なんだかバカみたいだ。
そう思って返信ボタンを押しかけて、やっぱりやめる。
そして電話帳を開いて、電話をかける。
「ちょっと、久し振りのメールが『元気?』だけってどういうこと」
『あれ。電話珍しいね』
「眠いんだもん、返事打つのが面倒なんだよ」
『はは、めんどくさがりだなー』
「うっさい」
『すいませんね。うっさくて。ちょっと元気かなーって思ったから。元気?』
「元気じゃない」
『え』
「病気になった」
『は』
「あんたのせいで病気になった」
『な、え、なんで、何の病気??』
ふふふ、うろたえてやがる。
面白いなぁ。
こんなところがいいのか。
いいのかもしれないな。
「さて、何の病気でしょうか」
『えー、ちょっともったいぶらないで教えてよー』
「恋の病だバカやろー」
ぷち。
自分で言ってて照れたので勢いよく通話終了ボタンを押す。
恋の病って何だよ、時代遅れもいいとこだよ。
と思ったけれど、気付いてしまえば何ともあっさりした気分になってしまった。
賞味期限直前に、開封してしまった私の気持ち。
彼のことを、好きだという気持ち。
開封してよかったのか、いまだに不安は残るけど、開けてしまったからには仕方ない。
おいしくてもまずくても、最後までしっかり頂きましょう。
この気持ちを残さずに。
そのまま眠ってしまって次の日の昼まで気付かなかったメールには、
>俺で治せそうだったらいつでも呼んで
と、書かれていたのだけど、それを知るのはまだ何時間も先の話。
おわり。
モドル
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