はじめてのこいびと



彼はちょっと驚いたあとくすりとわらって、
「俺も好きなんだ、笙子のこと」
と言った。
それは不意打ちの出来事だった。

我が校一のモテモテ男子、弓道部主将の新井君に、なんとなく勢いで告白、してしまった。
しまった、今まで良好な友人関係を築いていたのに、もうそれもおしまいだ、明日からはなんとなく気まずい二人になってしまうんだ、仮に彼がそうじゃなくても私が気まずくなっちゃうんだ、などと怒涛のように後悔していた刹那、彼は言ってのけたのだ。

俺も好きだ、って。

モテモテ男新井君、身長やや高め、声やや低めの彼に初めて会ったのはついこの間のことで、私が入っているシンブンブの取材という色気も何もあったもんじゃない感じだった。
新井君のことは知っていた。
学校一のモテモテ君なのだ。
私だって仮にも女だし、知らない方がおかしい。
友達の由紀子ちゃんも梨佳ちゃんもさやちゃんも、みんな彼に憧れていた。
そんな新井君が。
私のことをすきだって。

「うそだぁ」

口を付いて出たことばは、彼のことばを否定するものだった。

ああ、嫌な女。
彼のことをまったく考えずに、自分が傷付かないことを考えてる。

「嘘じゃないよ、カメラ抱えて入って来た笙子にノックアウト、って感じだった」
一目惚れってやつだよ、と、また笑っている。

部活の途中だったところに偶然出会っての告白だったので、彼は袴姿で。
それがまたかっこいいなとか思ってしまったりして。

「じゃあ、なんか証拠、明日見せて」
私の変な倒置法のことばに新井君はうんと頷いて、あっという間に道場に駆けていってしまった。
その後姿を見ながら、そういえば今日はずいぶん寒かったのに、あんな格好の彼を引き止めて悪かったなとか思ったりする。

ごめんね新井君。
真崎笙子はダメな女です。
証拠なんかもってこないで、さっきのことは夢だと思って。
私もきっと、忘れるように努力するから。
盛大に溜息をついて、家路を急いだ。

そういえば新井君に、何回か溜息について問いただされたことを思い出した。
『しあわせが逃げるよ』って。
あたしは『お母さんがくせだったからうつっちゃってあたしもくせなんだよ、しょうがないでしょ』ってかわいげなく答えたっけ。

あーあ。
新井君、好きだったのにな。
あの弓を引く姿が。
凛とした表情が。
だらしない笑い顔が。
ちょうどいい低音の声が。

すきだったのにな。

どうしてあんなに焦っちゃったんだろう。
明日が誕生日だからかな。
案外、つまんないやつだなあたしも。

      ***

次の日。
溜息をつきながら家を出た私の目の前に。
新井君が立っていた。
「あらいくん?」
なにやってんの、と聞こうとしたら、目の前に、ちいさな箱を差し出された。
「ハイ、証拠の品。」
「なんでうち知ってるの」
「名簿で調べたよ。それくらいの熱意を見せないと、笙子は信じてくれないっしょ?」
そう言ってにかっと笑うと、私の手を取ってそのちいさな箱をちょこん、と乗せた。
その中には、ものすごくちいさな指輪が入っていた。
「何、これ」
「ゆびわ」
「ちいさすぎるよ」
「だってそれ、小指用。」
「は?」
「笙子、いつもため息ついてるでしょ。しあわせ逃げちゃうのに。でも、癖なら仕方ないかなー、でも笙子にはしあわせになってほしーなー、と思って」
「…?」
「ピンキーリングって、左手の小指にするとしあわせが逃げないんだって!だから、笙子のしあわせがこれ以上逃げないようにと思って、一ヶ月以上前から準備してた」
何故一ヶ月以上前から?
などと思ってる間に、彼は箱から指輪を出して私の左手の小指にするりとはめた。
それは測ったようにぴたりと私の指におさまった。
「本物は、卒業するときにね」
と言って、彼は笑った。
いつもと同じように。
「ほんとに?」
「ほんとだよ。俺は笙子のことが好きだよ。今日、一世一代の大告白をしようと思っていたのに、先を越されてしまった。」
「ほんとに?」
「ほんとだってば。なに?証拠、これだけじゃ足りない?」
彼はいたずらっ子のようににやっと笑って。
ちゅっ、と。
私の指にキスをした。
きゃあと思って手を引っ込めたら、今度は唇に。
よく考えたら家の前だっていうのに。
唇が離れたところで彼に抱きついて、私はありがとうを言った。

私のしあわせの心配までしてくれてありがとうとか。
私を好きになってくれてありがとうとか。
いろんなありがとうを全部詰め込んで、はじめてのこいびとに囁いた。



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