「ハノンさん神経衰弱をする」

「たっだいまー」
日曜日、昼。
あいにくの雨模様。
雨はあんまり好きじゃない。なんか、滅入るし。憂鬱。
どうしようか悩んで結局洗濯を断念し、夕ご飯用の煮込みハンバーグの下拵えをしていたら元気な声が玄関から聞こえてきた。
「ハノンハノンー」
「おかえりなさい」
「ただいまー」
「濡れなかった? 大丈夫?」
「うん」
外はあいにくの雨だというのに。
新さんの顔はなぜか太陽のように輝いていた。
今日の午後からの予定、なんだったんだっけ。
「接待ゴルフが中止になったんだ! なんかして遊ぼう」
接待ゴルフか。そんなことをされる企業がまだあるのね。
社長の付き人がそんなことをするのね。
青い空のした、会社用の顔でゴルフをこなす新さんを想像したら、なんだかちょっと切なくなった。その顔が楽しそうじゃなかったから。
「じゃあとりあえず着替えてこれを手伝って。下拵えが終わったら遊ぼう」
「了解」
わーハンバーグだー、と言いながら部屋を出て行く後姿。
最近、新さんは子供みたいだなぁ。


「でも雨降ってるよ、遊びに行くのはだるいよ」
「ハノンは雨の日やる気ないよね」
「なくないよ、調子が出ないの」
ハンバーグをこねてタネを丸めて空気を抜いて、バットに並べて冷蔵庫に入れて。
下拵えも終わって、リビングのソファーに座ってお茶をすする。外はあいかわらずの雨。
「なんかないかな。ハノン、雨の日って何して遊んでた?」
「何してたかな? 新さんは?」
「ピアノを弾いたり、とか」
「へー、ピアノかぁ」
「でもひとりでやる遊びだからつまんないよ」
本当につまらなそうに言うから、思わず笑ってしまったら新さんはむ、っとした顔をしてから結局笑った。
「でもうちにはゲーム機もないし」
「あ、トランプだったらあるよ」
トランプ。
富豪の家なのにトランプ。
「じゃあトランプ、する?」
「うん!」

全部のカードをカーペットの床に並べて、じゃんけん。
二枚、めくって。
同じ数字なら、あたり。
記憶力勝負。
神経衰弱。
「ハノン、強そうだなー」
「新さんこそ、頭がいいから強いに違いないよ」
じゃんけんは新さんの勝ちだったので。
私からスタートすることになった。
一枚め。ハートの4。二枚めがクラブの8。
まぁ、最初から合ったらちょっとびっくりするし、これはこれで。
「神経衰弱って何年ぶりだろう」
次、新さんの番。と声をかけたら、新さんは思わず、といった風に呟いて、ああ、今のはちょっとオヤジ臭かったかなと笑った。
新さんとオヤジっていう言葉は多分私の中では一生結びつかないんだろうなぁと思ってそのままを口にしたら、
「ハノンってそういうすごい言葉どこで覚えてくるの?」
と、新さんは苦笑した。
そのついでにせっかくスペードの4を出したくせにさっきのハートの4の隣のカードをめくってしまっている。
動揺してる? 神経衰弱は心理線だからね。
しかし、やった!と思ってすかさずハートの4をめくったところで。
「でも僕もハノンとおばさんって言葉は絶対結べないなー」
という新さんの呟きに動揺を誘われてしまって、スペードの4のかわりにハートの6とご対面してしまった。
「ちょっと新さん! 狙ったでしょあたしの動揺!」
「狙ったけど本心だよ」
「くやしい、新さんこそどこで磨いてくるのそういう言葉遣い!」
天然でしょ天然なのはわかってるんだけど!
悔しがっている隙にハートの4とスペードの4は新さんにとられてしまった。
ああ、スペードの4って並び方がなんとなく好きなのに。
嬉しそうに笑わないでよ!



外はあいかわらずの雨。
でも不思議と、もうあんまり憂鬱でもなかった。

2003.5.28

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