「私は新さんのこんなところが好き。ってことに気付く」

そう、プロポーズをあっけなくOKされてからよく考えてみたら。
周りをよく見てみたら。
新さんってめちゃくちゃもてるの。
おととい会ったばっかりのあたしがいきなり結婚できるような立場の人ではどう考えてもないわけ。
まぁ、富豪のご子息で性格よし顔よしの天は二物を与えてしまったよの典型的な例みたいな人なので考えるまでもなくあたりまえの話だったのだけれども。
あのときは焦っていて気付かなかった。
阿呆な話だ。
実は婚約者もいたらしいよ。
親同士が決めたって、やつらしいよ。
驚いたよ。
じゃああたしのプロポーズは取り消しかい?
と、冷静にお茶を飲んでいる場所が新さんのお宅の客間っていうのが我ながら見上げた根性なのだけれども。
しかも目の前にはあろうことかその婚約者だよ。
すげーよあたし、もうちょっと悩むべきだよ、いや駄目だ、頭がうまく働かない。
「ハノンさんは」
「はい?」
「新さんとはどういったお付き合いで…」
「おととい会ったばっかりですけど」
ああ黙り込んだよ。
また黙ったよ。
さっきから私が何か言うたびに黙るな、この人。
…まぁ当然なのか、そうだよな。
いきなり昨日今日現われたどこの馬の骨とも知らないコムスメに未来のダンナ様奪われたんですものねぇ。
「でも私はこれから新さんに会えなかった頃の分も取り返すくらいの勢いで彼のことを守ってあげたいと思いますので」
「…守る?」
「守る」
ああ、そんな心外な顔して。
子どものころから会ってただろうに、なんでわかんないかなこの人は。
新さんの眼の中にある不安とか。
笑ってる顔の淋しさとか。
なんでちゃんと見てあげないのかな。
ふうと思って豪華で重たそうなドアの方に視線を移したら、いつからいたのか新さんがいたずらっ子のような顔をしてこっちを見ているのに気付く。
おいおいいつからいたんだよ!
と思ったら新さんは盛大に吹き出した。
「何で笑う?」
「だってハノンがあまりにかっこいいから」
文句を言ったら笑顔で言われて戸惑う。

ああこのひとのわらったかおほんとうにかわってしまった。

「父のほうはOKだったよ、もともとあの人かなり変わってるし。なんか会わせろって。ちょっと来てくれる?」
「新さん」
「ああ、そうか、姫乃さんいたんだっけ、あの契約違反は重々承知の上で、僕は彼女と結婚したいと思っているのですが」
「伺いました」
「姫乃さんは僕じゃない人を探していただけませんか?」
「私は、もう新さんには必要ないってことですか」
「いや、僕は誰かに守ってもらいたくて仕方なかった、そういう弱いやつなので。はっきり言ってしまえば姫乃さんの面倒まで見られません」
あ。
また黙った。
優しそうな顔をした、きれいなきれいな姫乃さん。
確実にあたしより、富豪の妻向き。
大和撫子って感じの。
「私はいらないってはっきり言っていただけませんか」
「わかりました。いりません」
あ。
傷付いた、音が。

そこから先、しばらくスローモーションのようで。
姫乃さんははっと息を飲んで、2、3歩あとずさって、テーブルにぶつかって我に返って、はらはら涙を流して、ばっと、走って去っていった。
新さんは、彼女の出て行った扉を、何も言わずに見ている。
まるでむかしのドラマのような展開。
奇しくもここはそんなおはなしの舞台になりがちな大豪邸。
でも新さんは私の未来のダンナ様。
私はここでそのドラマを打ち破らなくちゃいけない。

「新さん」
でもあたしが声をかけても。
新さんはずっと扉を見たまま。
傍まで寄って、彼の握り締めた手に触れてみた。
案の定、怖いくらい冷たかった。
いらないって、言って。
彼女以上に彼が傷ついたのが、私には見えた。
だから彼の握り締めた手は冷たい。
「新さん」
「…ハノン?」
「大丈夫」
「僕はやっぱりどうしようもないよ」
「大丈夫、わかってる」
「本当にハノン、いいの?」
「うん、私は新さんのそんなところが好きだし」
「世間ではそういうのをダメ専って、言うんでしょう?」
またどこでそういうことばを。
「新さんはダメじゃないでしょ」
誰かの気持ちになりすぎて、抱えきれないほど傷ついて。
それでも笑うあなたのどこがダメなものですか。
「最初は思い切り避けてたくせに」
「だって癖で」
適当に言い訳すると新さんはえええ、と言って笑った。
「それよりおとーさんに会わせていただけるんでしょ?」
「うん、その前に確認」
そういえば私が触れた彼の手はいつのまにか温度が中和され、ただけではなく。
ゆるく、私の手を、遠慮がちに握っていた。
「はい」
「僕と結婚してくれますか?」
「ええ、一生かけて守ります」
何の誓いだ。
協会?
と思って苦笑いしたら、新さんは王子みたいな仕草で私の手に唇を。
「うわ!」
「あれ、こういうのダメ?」
「アンタ王子か!?」
「誓いのキス」
絶句。
すると新さんは「してやったり」顔で笑った。

2003.5.7

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