「ハノンちゃんと新さん出会い編」

その日、あたしは輪から離れてひとりで本を読んでた。
大体、金持ちの慈善事業ってやつが気に入らない。
確かにそういった方々のお金で、あたしの生活は成り立ってるのかもしれないけど。
それとこれとは話が別。
体とココロは別っていうのと一緒。
アタマで理解できたって、理解なんて出来ないね。
そういうわけであたしは本を読む。
本はとてもやさしいし絶対裏切らない。
…裏切られても現実やないしね。

今日やってきた人はあたしと大して歳もかわらないっぽくて、でも恐ろしいくらい何もかも許しちゃったような顔をしていて、なのにとっても、淋しい目をしていた。
それを見ているのがかなり癪だった。
しゃくしゃく。
許しちゃいそうな気分になっちゃうでしょ。
と、思ったからここにいるっていうのも、まぁ、あるといえばある。
許しちゃう自分が多分許せん。
そのとき、頭の上から声がした。
「『ぼくは、どこまでもいっしょにいこうといったのです』」
振り向くと、慈善活動の男が立っていた。
「宮沢賢治先生はすばらしいよね」
そしてさわやかに笑う。
なのに、何故。
何故アンタはそんなに淋しい目をしてるんだ。
「金持ちのくせに」
「え」
「ボンボンはさっさと帰ってください」
余計なことは言うまい。
「君、名前は?」
「ハノン」
「ピアノ練習曲の?」
「知りませんとにかく早く帰って」
「ハノンさんは僕のこと嫌?」
「嫌。金持ちで何不自由ないに違いないのにそういう顔してるところが嫌」
ああ、余計なこと言うなよハノン。
「そういう顔?」
「そういう顔」
お願いだから余計なこと言わせないでって。
思ったんだけど。
「ごめんなさい。じゃあ、帰る」
って笑った彼の顔があまりにもあっさりしてて。
そのあっさり加減に腹が立った。
慈善事業なんかしてる場合じゃないじゃん。
自分がいちばん救われたがってるじゃん。

ああ。
腹立つ。

「そうやってあっさり諦めるの良くない。あなた、名前」
「新」
「新さん、あたしと結婚しよう」
「本、気?」
「あなたが一番欲しがってるもの、あたしはわかるよ。あたしにだってわかる。なのにそんなにあっさり諦めるの、良くない」
なんで。
だからって何で結婚って流れになってんのハノン。
おかしいよアンタ。
と自分にツッコミ入れつつ、あたしの勢いは止まらなかった。
「本当に?」
「わかるよ」
「ありがとう。じゃあ、どうか僕と結婚して」
そう言って、笑った新さんの顔。
それが最初に笑った顔と、違っていたから。
あたしはそれにとても満足した。
「なんか不謹慎なこと、言ってもいい?」
でも突然こんな満足そうな顔になるものなの? 人間て。
「君に会いたかったんだ」
…まぁいいか。
この人の満足そうな顔、なんかとても満足する。

2003.5.2

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