「ハノンさん縁日に行く」

「縁日?」
「うん、そう。近所の神社でやってるんだって」
やっと夏らしい気温になってきたから食べたくなったすいかを買いにちょっと出ている間、久し振りに普通の会社員みたいな時間に帰ってきたらしいダンナ様は、私が帰るなり駆け寄ってきて嬉しそうにのたまう。
「縁日かぁ。行ったことないな」
「ええ、そうなの?」
「え、行ったことあるの?」
「え。うーんと。ないな」
「人のこと言えないじゃない」
まったくもって。
私のダンナ様は天然素材だと思う。
「いいじゃん、二人で初めてでもさ! 行こうよ」
「え」
「ダメ?」
そうこの顔とか。
無意識でやっているから性質が悪いのよ。断れるわけないでしょう。
「お土産に浴衣も買ってきたんだよ」
「またそんな無駄遣いして!」
「無駄遣いじゃないよ、ハノン浴衣持ってないでしょ」
「持ってないけど」
もう。いくらお金があるからって。
「かわいい奥さんの浴衣姿が見たかったのって無駄遣い?」
だから、そういう顔しないでってば!



「似合うなー」
近所の神社は家から歩いて10分くらいのところ。
買ってきたすいかを冷蔵庫に入れてから頑張って浴衣を着込んで、歩きなれた道をゆったり歩く。
「それはこちらのセリフで」
私が頑張って浴衣を着込んで玄関で待っている新さんのところへ向かうと、なんといつのまにか彼も浴衣姿になっていた。
男の人の浴衣姿というやつを私はほぼ見たことがない。
サザエさんの波平さんとかマスオさんがたまに着ているなぁ、というくらいの認識である。
だから驚いた、ということにしておいてほしい。
あっけにとられて立ち尽くした理由は。
……本当はかっこいいなぁって、見とれてしまいました。
「ハノンには紺色が似合うと思ったんだよね、色が白いし」
新さんの買ってきてくれた浴衣は紺地に三日月とウサギが仲良く描かれている大変品のいい代物で。見るからに高そうでなんだか気が引けたけど、ちょっと、というよりかなり気に入ってしまった。
本当に新さんはセンスがいいと思う。
婚約時代に買ってもらった傘もすごくかわいいし。

と、考えている間に、縁日会場の神社に到着した。
テープで流されていると思われるチープな祭囃子に違いないのになんとなくうきうきしてしまうのはなぜか。などと首をかしげている間に手をつかまれた。
「ぼーっとしてるとはぐれちゃうよ」
屈んで目線を合わせて、私と同じ方向に首をかしげる。
と思ったらすぐに視線をまた縁日の方へ向け。
「ああ! アレが世に言う金魚掬いかぁ。ね、帰りにやっていい?」
とか言いながら、私の手を引いて新さんは歩き出す。
縁日の屋台に子どものように目を輝かせながら。


なんていうかこういうとき、このひとのこどもが欲しいとか思うような気がする。


お参りをすませたらかき氷を買って綿菓子を買って。
射的をして金魚掬いをして。
さんざん遊んで気が済んだら、おみやげにお好み焼きとかを買って帰って。
それを食べたあとで縁側ですいかでも食べましょうよ。

そして願わくば来年も再来年もそのさきも。
私の手を引いてきらきら笑っててくださいな。

2003.8.3

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