「新さん、誕生日プレゼントを買いに」

幼なじみの遊佐新が子供の頃からの婚約者と婚約を破棄して17歳の女の子と婚約したと聞いたのは先月の話。
結婚式は6月の終わりにするらしい。つまり今月末には彼は新郎となるわけである。
式は系列会社のホテルで大々的に、ではなく。
家の近くの協会でひっそり行い、会社の人には報告だけをするそうだ。
俺はその話を聞いたとき、嬉しさのあまり新の頭をなでるだけでは飽き足らずおもわず抱き締めるというアメリカンな表現まで持ち出してしまった。

彼は子供の頃から人一倍頭がよくて物分りがよくて。
初めて会ったときは、血が通っているだけの人形だと思った。
でも一緒にいるうちにそうではないのだと気付いた。

とにかく、彼は何かに壮絶に餓えていた。
でも餓えている自分に気付いてやろうともしなかった。
いつだったか、「まわりのひとの言うとおりに動くのが自分の存在意義だ」みたいなことを真顔で言い出したときには、おもわず本気で殴ってしまい、オヤジが首になる!とか大騒ぎになったこともあったが。
それでもちょっと俺に心を開くようになったくらいであいかわらず餓えっぱなしだった新が、突然。
嬉しそうな顔をして「結婚することになったんだ」と言い始めたのである。
抱き締めるなんかじゃ物足りないくらいだ。
心底嬉しい、という顔をした彼を、出会ってから十数年経ってはじめて目にしたのだから。



「ごめん和史、待った?」
「いや、ちょうど出張から帰ってきたところだったから」
「ごめん忙しいのに」
「お前が言うなよ」
「や、僕は単なる飾りみたいなもんだし」
「こら。そういう言い方やめろっていつも言ってるだろ、また殴られたい?」
「いや、痛いのは勘弁!」
そうやって笑う顔がすでに恐ろしいほど満たされてしまっているのに気付いているんだろうか。気付いてないんだろうけど。
とにかくすごいのは出会ってひと月かそこらで新をここまで満たした17歳の柊ハノンとかいうコムスメだ。一体どんな魔法を使ったんだか。
「で、何付き合って欲しいことって」
「うん、あの実は今月って彼女の誕生日なんだよ」
「彼女って」
「ハノン」 わかってるくせに、と照れる。
最近新鮮な表情が多すぎて戸惑っていいのか喜んでいいのか。
「で?」
「誕生日プレゼントをあげたいと思うんだけど、どんなものがいいのか見当もつかなくて」
「なんでもいいだろ、お前センスいいんだし」
「どうせだし喜んでもらいたいんだ、たくさん」
「たくさん」
「そう。和史女の子にもてるから、色々ご指南いただこうかと思ったんだけど」
忙しいなら、ひとりで頑張ると言外に匂わせ上目遣いでこちらを見上げる姿は、どう見ても大会社の社長の息子には見えなかった。ただの初恋中の中学生みたいだ。
「まったく、どんな魔法使いなんだか」
「え?」
「お前の新しい婚約者。一度お会いしたいもんだね」
「えー。和史もてるからなーやだなー」
だからそれがただの中学生なんだって。と思ってぷっと吹き出したら、なんだよー、とかいいながら新も吹き出して、二人してしばらく笑った。



「で、どんなものがいいとかなんとなく決めてたりするの?」
「うーん、元気になるもの!」
「お前それ、漠然としすぎ」
「うん、なんかねぇ、ここんところ雨続きだからか元気なくて」
「マリッジブルーとかじゃなくて?」
「なにそれ」
「結婚前によく陥る症状らしいけど」
「嘘! それだったらどうしよう、まさかハノンに限ってとは思うけど」
「お前よっぽど惚れたな」
「うん、実は一目惚れ」
車を運転しながら事も無げに言ってのけられた言葉が一瞬理解できずに凍りつく。
「ひと、一目惚れ!?」
だって確か彼女から結婚しようと言い出したっていう噂じゃないか。
「なんかね。よくわかんないんだけど、おんなじだ、って」
「何が」
「わかんないけどとにかく思ったんだって」
ウインドガラスにぽつぽつ雨粒が落ちはじめる。
道行く人がいっせいに傘を広げる。
「あ!」
と、新が突然こっちを向いた。
「傘なんてどうかな! 誕生日」
嬉しそうな顔。その顔だけで充分なんじゃないか多分、と意味もなく思ったが。
「いいんじゃないの?」
と答えてやった。

:::   :::   :::


「おや、若奥様。こんなところでどうされました?」
出張帰りで会社に戻ると、玄関前で見覚えのある傘がくるくる回っていた。
「その呼び方やめてって、いつも言ってるじゃないですか」
振り向いて文句を言う顔は初めて会ったときと大して変わらない。女は二十歳を過ぎると変わると聞くが。
「新でも待ってんの?」
「そう。誕生日ディナーしようよって誘われたから」
くるり。
持っている傘をまたまわして、ちょっとだけ嬉しそうに言う。
そこへ、走ってくる男がひとり。
「ごめんハノン、お待たせ」
「お帰り新さん」
「ただいまー」
会社の玄関先で何がお帰りただいまだ、と思ったけど、二人の顔を見ていたらなんとなく納得してしまったりして。まったくとんでもない夫婦だ。
「あ、和史、出張帰り?」
「そ。俺もお帰り言ってくれるかわいい奥さんが欲しいよ」
「え、和史結婚興味ないって言ってたじゃん」
それ、いつの話だよ。
お前が結婚する前の話だろうが。
「お前がそちらの魔法使いさんと結婚してなかったら今も興味なかったと思うけど?」
「誰が魔法使いなんですか!」
「さぁ、誰でしょうねえ。じゃ、俺まだ仕事残ってるから」
「ああ、ごめん忙しいのに。ほらハノン、行くよ」
あの時新が3時間以上もかかって選んだ傘に二人で入って歩いていく後姿を見送って大きく伸びをする。


あー、俺の魔法使いも早く現れねーかなー。

2003.6.21

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