あたしが煙草の煙だったらよかったのに。 黙って彼の煙と絡み合う、煙だったらよかったのに。
チン。 金属音の後、紙の焼けるちいさな音が聞こえて。 彼の肺から煙が吐き出される様を黙って見ていた。 本当は煙草をはさんでいる彼の指とか、火をつけるときにちょっとだけ歪む眉間とか、閉じた睫毛の長さとか。そういうのも全部見ていたかったけれど。 素直じゃないあたしにはそれができない。 あたしにできることといえば、彼と同じように彼と違う銘柄の煙草に火をつけてろくに吸い込みもせずに煙を吐き出すことくらい。 別に煙草は好きじゃないし。 ちょっと彼の気分を味わってみたかっただけ。 彼はいつもどんな気持ちで煙草を吸ってるのかなって。 好きで好きで、彼に付き合って欲しいって言われたときは死ぬほど嬉しかったけど。 最近は彼があたしのこと本当に好きなのかどうかもよくわからなくなってきた。 12歳も年下のつまんない女。 彼は持て余してるんじゃないだろうか? 最初は気にならないと思ってたのに。 「最近無口なのな、おまえ」 何度か煙を吐き出したあと、彼はぽつりと言った。 煙を吐き出しただけなのか、溜息だったのか。 あたしはそれを考えていて何も答えなかった。 「ユキ」 立ち上がり、近づいてくる。目の前まで。 「俺、明日朝会議だからもう帰るわ」 ふー。 今度のは間違いなく溜息。 きっとあきれているに違いない。 最近笑わない私。 ほとんど話さない私。 近頃目さえろくにあわせていない。 天井に向けて煙草の煙を吐き出す。 あたしが煙草の煙だったらよかったのに。 黙って彼の煙と絡み合う、煙だったらよかったのに。 「ユキ」 火のついたままの煙草を灰皿に預けてもう一度、彼が私の名前を呼ぶ。 私も煙草を置いて見上げる。部屋の明かりが眩しくて彼の顔がよく見えなかった。 「もう、飽きた?」 「え?」 「12歳も年上のおっさんには飽きた?」 顔が見たい。 どんな顔してそんなことを言っているのか見てみたい。 そう思って立ち上がったら、いきなり、抱き締められた。 「そうならはっきり言ってよ、もう、無理。俺、そんなに大人じゃねーんだ」 「……煙だったら」 息を吸い込む。 「私が煙草の煙だったらよかったのに」 「……ユキ?」 「そしたらこんなことにならなくてすむのに。不安にさせなくてすむのに」 灰皿の上の煙草を彼の肩越しに見る。 まっすぐ伸びたふたすじの煙が天井近くで混ざり合っている。 「ごめん」 彼は小さく深呼吸して、それから吐き出すように呟いた。 「なんで謝るの」 「自分の不安ばかり押し付けるのは間違いだと思ったから」 そう言って私の顔を覗き込んで、彼は笑った。 ように見えたけど、なんだか痛い。そう言ってるように見えたから。 「間違ってない。あたしは何も言わずにひとりで不安がって困らせた」 「でも俺はそれに気付かなかった」 ぐ、と腕を突っ張って体を離そうとしたら、逆にもっと強く抱きこまれた。 「だからごめん」 あ。 彼の煙草のにおい。 「煙草の煙だったらって」 「うん」 「混ざり合って一緒になっちゃいたいって、こと?」 「え」 「なんか考え方によっちゃあかなりエッチ」 「い、そ、そういうところおっさんだと思うあたし!」 してやったり、って顔をして彼は可笑しそうに笑った。 「そんなに好きなの俺のこと」 「好きだよ」 そっぽを向いて。むきになって言い返したら、彼が息を飲んだのに気付く。 「……どうしたの」 「それ、初めて言われた」 見たら泣きそうな顔をしていた。 もういい年した大人のくせに、どうしてそんなに素直なの。 あたしは不安も口に出せないくらい臆病なのに。 「次、次いつ言うかわからないからよく覚えておいて」 大きく息を吸い込んで覚悟を決めて。 煙になれなくてもいいから、この気持ちがこのまま届けと願いながら、空気をふるわせる。 「あたしはずっとずっとあなたが、好きで好きでしょうがないんだから」 燃え尽きた煙草から吐き出された煙は、私たちの上でひとつになって見えなくなった。 end 葉月様リクエスト:年の離れたカップルのほのぼの×ちょっと哀しい恋愛小説 ということだったんですが…。 とりあえずちゃんとそうなっているかどうかが不安です。 そしてスモーカーの方たちに違和感を与えていないかも不安です。 さらに、ここまで読んでくれている人がいるのかどうかがかなり不安です(爆)。 ええと、でもとりあえずこのおはなしは葉月様にささげます!(逃)煮るなり焼くなり好きにしてください…。 私は煙草吸いません、吸えません。 みなさん、煙草は体に悪いですからやめましょう!(なんなんだ) やめられなくても、ほどほどに…。 ということでした。ちなみに私が煙草のパッケージの中で一番すきなのは「ハイライト」。 ということで背景はハイライトにしてみましたー。 ……しかしなんて横暴な女なんだ……。 |
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