放課後稽古見にいっていい?と聞いたものの、自分にだって練習があるわけで。 どうしようかなと思いながらも、結局練習をサボれない中途半端な俺。 七瀬フユカはもう、帰ってしまったに違いない。
美術の時間にあんな会話をしたっていうのに、普段とまったく態度の変わらない天野の度量の広さに感動しつつ。 逆に居残りから脱出してきた彼にシュートを片っ端から止められてしまう自分の不甲斐無さに落胆し。 くやしいので思い切り時間をかけて整理体操をした。 基本的なことをやるのは落ち着く。 本当に、こんなしょうもないオトコにファンレターを書く人がいるっていうのが謎だ。 俺が女だったら間違いなく、天野にファンレターを書く。 「あれ、大沼、そういえば七瀬さんに稽古見に行くとか言ってなかったっけ」 着替えを済ませた天野が、いまだに整理体操をしている俺に声をかけてきた。 「言ってた」 「どーすんの」 「いや、もう帰っちゃっただろうなって思って」 「ふーん。じゃ、なんか食って帰る?」 あまりの普通さに、俺は天野をぽかんと見上げる。 やっぱりコイツは大物だ。 「…いや、やっぱ行ってみる」 「そ。んじゃ俺、先に帰るね」 そう言ってぱんぱんになったスポーツバッグを肩にかけなおし、天野は駆けていった。 その潔い背中を見送って、腰をあげる。 一人でうじうじしていても埒があかない。 急いで着替えて剣道場へ。 もう帰ってしまっているに違いないと思いながらも一方で何故か、七瀬フユカはそこにいる気がした。 いて欲しかったのかもしれない。 それはよくわからない。 そして今日二度目の剣道場に辿り着いて、その中を覗いてみると。 電気も付けずに彼女は、そこにいた。 目を閉じてただ、そこにいた。 瞬間、胸の中で変な音がして。 そのあと、世界から音が消えた。 彼女が目を、開くと同時に。 音が消えて。 釘付けになる。 そう思ったら俺は、その場から逃げるように立ち去っていた。 「あれ、大沼君?」 気付けば全速力で逃げ込んでいた自転車置き場。 少しの息切れを落ち着けていたら、背後から聞きなれた声がした。 「どうしたの? なんか、顔が」 「は? 顔?」 振り向いた俺に向かって、声の主は首を傾げて言った。 「見たことない感じだよ」 「一ノ瀬、何が言いたい?」 「ん、そのまんまの意味だけど」 一ノ瀬はるひはたまにというかいつもというか、かなり突拍子もないことを言う。 「何かついてる?」 「そうじゃなくって」 言いかけて、彼女はあ、と小さく呟いた。 「何?」 「七瀬さんのこと好きになっちゃったんでしょ」 絶句。 「だって一ノ瀬が言ったんだろ、『大沼君は七瀬さんのことが好きなんでしょ』って」 「あれ?…ああ、そう、そうなんだけど」 「なんなんだよ」 「あれはなんていうか、昔、私大沼君になりたかったのね」 「は?」 「で、色々大沼君のことを研究していたんだけど」 「ちょっと一ノ瀬、落ち着いて喋れ」 すると一ノ瀬は落ち着いてるよう、と言ってふわりと笑った。 その表情に俺は脱力した。 コイツもかなりの大物だ。 「でもねこのまえ、七瀬さんと話をしたときに、七瀬さん言ってたんだ、大沼君ってあんまり表情変わらないよねって」 私はそうは思わなかったからびっくりしたんだけどね、と、一ノ瀬は言う。 俺の頭は混乱する。 「でね、私は大沼君のことは凄いなーって思うだけだけど、きっと七瀬さんは大沼君のこといろいろわかる人になれるだろうなーって、思ったんだ」 「いろいろわかるひと?」 「うん!」 と、元気よく頷いたところで、再び一ノ瀬はあ、と呟いた。 「何?」 「七瀬さんだ」 「え」 振り向くとそこには確かに、七瀬フユカが立っていた。 一ノ瀬は彼女に向かって手を振り、彼女はこんな時間まで生徒会?うちの姉がいつもごめんね、などと一ノ瀬に向かって話し掛けている。 まるで透明人間になった気分。 そのまま帰ってしまおうかな、などと考えながらなんとなく後姿を見つめていたら、 「逃げることないのに」 ということばでわれにかえらされた。 「え?」 「さっき。逃げることないと思うんだけど」 もしかして。 「気付いてた?」 「うん」 大沼君は自分の出してるオーラに気付いてないんでしょー、と言いながら笑う彼女の顔を見ながら、ああそういえば一ノ瀬はいつのまに帰ったんだろうとか、七瀬さん、結構背が高いなとか、わりと髪が長いなとか、かなり華奢だなとか、とりとめもなく考えていたら、目の前でパチン、と手をたたかれた。 「え」 「何か最近、そーやってボーっとすることが多くなったよね、大沼君は」 「最近?」 「うん、はるひちゃんと天野君が付き合いだした頃から?」 「へぇ? そう?」 っていうか、何でそんなことがわかるんだ、七瀬フユカ。 「大沼君ははるひちゃんが好きなんじゃないの?」 「いや」 「いや?」 言われた途端、口をついた否定のことば。 その後に続こうとしたことばをするりと吐き出しそうになって、俺は赤面した。 今は七瀬さんの方が気になるよって? おいおい、きのうの今日で? 「あれ、赤くなった。どうしたの?」 「いや、あの」 「ん?」 「七瀬さん、明日も朝稽古、する?」 「うん、もちろん」 「見に行ってもいい?」 言うと彼女はちょっと笑って、 「今度は逃げない?」 と、上目づかいに言った。 その目線にどぎまぎしながら、俺は答えた。 「今度は逃げない」 うん、今度は逃げない。 そう思ったらなんだか気分が晴れて、はれたと思ったら恥ずかしいことに腹が鳴った。 その音に、七瀬フユカは盛大に笑った。 その顔がなんかかわいくて、それを見ていたらなんかどうでもよくなってきて、俺も一緒に盛大に笑った。 憂鬱なんか吹き飛ぶくらい、盛大に。 おわり。 大変長らくお待たせいたしました。 大沼君のお話はとりあえずこれにておしまいです。 このお話はリクエスト主の柴様にささげます。(返品不可!←えっ!?) 彼らについてはかなり裏の設定まで出来上りつつあるので機会があったらそんなお話もしていこうかなと。思っておりますので。 とにかく柴さま、お待たせしました。ありがとうございました! |
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